6.1 翅と星屑の道標

 晩秋の学園は政府からの通達に騒然としていた。公安から派遣された人々が学園の至る所にいる中、生徒たちは学園内の移動を制限されてた。ほとんどの生徒たちが自寮に閉じ込められている間、その一方で評議員たちは大広間に集められていた。
「また魔物の仕業だっていうんじゃないだろうな? なら一番に疑うべきは、シエロ共だろう!」
 シャルルたち、ステルクス寮の評議員たちが大広間に到着した時に、リチャードが声を荒げていた。他の生徒たちのざわめきに混じって、シャルルたちは思わず足を止める。何せ、自分たちの寮にしかシエロの能力を持つものはいない、といって過言ではないのだ。目を見合わせる彼らをよそに、リチャードは話し続けている。
「訳のわからない魔法を使って、殺したんじゃないのか? 闇の魔法に一番近いのは天の能力だというのは一般常識だろう。同族の尻拭いは同族ですべきだ」
 リチャードを諌める声もあるが、彼に同意するように声を上げる者もいた。シャルルは困惑して隣にいるヴィンスを見た。いつも、何があっても冷静な彼が、青ざめた顔をしているのでシャルルは驚いてヴィンスの背に手を置く。
「ヴィンス、大丈夫?」
「……ああ」
 震える声で頷くヴィンスを落ち着かせようとシャルルは何か声をかけようとするが、何を言えばいいのか言葉が出てこない。
 ステルクスの寮生たちが大広間の入り口で立ち尽くしていると、「入らないのかー?」と飄々としたクロエの声が後ろから響いてくる。他の寮長も一緒のようで、ウィルも彼らと来ていた。
「どうしたの?」
 シャルルとヴィンスの様子を見てウィルが不思議そうに尋ねると、彼らが入り口に居たことに気がついたらしい、リチャードがわざとらしい声を上げる。
「おやおや、シエロ様御一行のお出ましだ」
 吐き捨てるような言い草に違和感を感じたのか、リブラールの寮長であるサマセットが足音高くリチャードに近づいて、殴りかかる勢いで尋ねた。
「その言い方はなんだ?」
「なんでもない表現ですよ。寮長は気にしすぎでは?」
「……次はないぞ、マクドネル」
 シャルルたち、ステルクス寮生たちの背中を押して大広間に足を進めながら、クロエは大きな溜息をついて睨み合っている二人に声をかけた。
「まあまあ、かっかせずに」
「いや、レオが一理あるよ」
 ノーランドがそういって、シャルルとヴィンスを庇うように前に立つ。顔は見えないが、声色に憤りが見え隠れしている。
「伯爵家を名乗るなら、影響力を考えてそれなりの言動をしなければいけないよ。マクドネル伯爵領にそういった人々がいないと限らないし。ねえ? そうだろう、みんな」
 そう問いかけられて、おそらく貴族出身の生徒たちは苦い顔をして頷いている。「現侯爵に言われたら面目丸潰れだな」と呟く生徒もいた。ノーランドはシャルルとヴィンスを振り返って、微笑むと小声で励ます。
「君たちも、自分の能力に自信を持っていい」
 ファン先生が学園長と副学園長とともにやってきて生徒たちは口を噤んだ。生徒たちの間に漂う不自然な空気を感じ取ったらしいファン先生は片眉をあげてから、扉の一番近くに立っていた寮長のノーランドの肩をたたき、全員が揃っているか確認した。
 シャルルの横を通り過ぎて大広間の中央へと足早に向かう学園長のイベール先生は、最初に見た時の温厚そうで優しげな顔とは打って変わり、面持ちは険しく、切迫した状況にあることがわかった。その後ろを追うヨハンソン副学園長は、誰かと通信機で会話をしながら入ってきた。声は抑えているが、シャルルの耳にはしっかりと「もちろん、公安の方に報道は任せます。こちらも手に負えません」といっているのが聞こえた。
「すでに周知のように、このラナクス学園であってはならぬ事件が起こりました」
 イベール先生が声を張り上げて、大広間は緊張に包まれた。生徒たちが身じろぎもせずに彼を見ている。
「二十八名の生徒たちが昨晩より行方不明になりました。公安の方々が捜索にあたっていますが、未だ見つかっていません。行方不明になった生徒たちは共通して、自室に微量の禁術の痕跡を残しています。国王陛下と枢密院からの通達の通り、私たちはこの事件へ真摯に対応しなければいけません」
 重々しい空気の中、シャルルは否応なく聞かされた政府の通達を思い出していた。猫のように飛び起きて、ヴィンスと顔を見合わせたシャルルは彼自身も混乱しながらも、騒ぐステルクス生たちを宥めるために大慌てで部屋を飛び出した。

王立ラナクス研究院付属学園に告ぐ、
禁術使用の痕跡を確認せり。ミラトア国王の名の下、貴学を重要監視下へ置く。
闇の魔術および魔物に関する魔法・魔術道具使用禁止法違反者を発見次第厳重処罰とする。
本日より公安庁職員の監視を行う。生徒職員の行動を制限するとともに、速やかに事件解決に応じること。
以上。
ミラトア国王レウェーナ
枢密院

 早朝、学園中各所に飛んできた真鍮製の鳩型通信機によって放送されたのは、どうやら学園の敷地内のみらしい。この放送の直後から転移してきた公安の職員たちの指示により、全ての職員と生徒は学園の敷地から出入りすることができなくなってしまったのである。そして鳩型通信機は役目を果たすとその場で消滅したと、ちょうど遭遇した生徒が興奮して話していた。
「評議会のこれからの仕事としてはただ一つです。生徒たちの不審な動きがないよう、所属寮を関係なく、他の生徒たちの行動をよく見てください。もし、その中で一人で行動しているもの、もしくは大勢で何かの計画をしているような状況を発見した場合、必ず教職員へ報告してください。いいですか?」
 イベール先生が語気を強めて尋ねる。評議員たちは力強くうなづいた。シャルルも同じように頷きながらも、どこか引っ掛かりを感じていた。ヨハンソン先生がイベール先生に変わって、仔細を説明している間、彼はずっと政府からの通達と行方不明になった生徒たちについて考えを巡らせていた。
—— リチャードは、シエロが「闇の魔法」に通じているといっていたけど、必ずしもシエロの能力を持つ人が犯人というわけではないかもしれない。例えば、あの黒い蝶みたいな魔物とか……それとも、ミデンの人?
「シャルル、行こう」
 ヴィンスに肩を叩かれてシャルルはハッとする。考え込んでいる間に先生たちからの連絡は終わっていたらしい。焦りながらシャルルはヴィンスに対して頷いて一緒に大広間を出ようとしたが、ウィルに軽く腕を引っ張られた。他の生徒たちは噂話や心配事を語り合っていて彼らの様子を気にも留めない。
「大丈夫? 二人とも様子がおかしい」
「え?」
 口を揃えてシャルルとヴィンスは目を丸くする。シャルルは考え事をしていた自覚があったのでそう答えたが、ヴィンスは頑なに口を閉ざして「なんでもない、大丈夫だ」と返した。
 ウィルは周囲を少し見てから、シャルルの手のひらに小さなバラの形のチャームを置いて、握らせる。
「これ持ってて。俺もペアのもの持ってるんだ。場所を教え合うだけのおもちゃの通信機。内緒だよ」
「え? でもこれって」
 学園内では確か魔法道具を勝手に使ってはいけないことになっているはずだ。通信機もそのうちの一つ。なぜウィルがそんなものを持ってきているのか、どうして自分に渡すのだろうか、とシャルルが呆然としていると、ヴィンスが急いでシャルルの拳をポケットに入れさせる。
「ありがとう」
 ヴィンスがただ短くそう言う。
「うん。もし俺がなんか役に立てるんなら言って。君たちが嫌なこと言われたら、通信機で知らせてよ。さっきの兄さんみたいに、今度は俺が二人を守ってあげるから」
 ウィルはシエロに対する悪口を気にしているらしく、眉を八の字にしてシャルルたちの顔を覗き込む。冷たい北風が、彼らを大広間から追い出すように吹きつけた。

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