揺らめく星の正中である。
暗い屋敷の中は風のようなざわめきに満ちていた。
青い炎の蝋燭が灯る廊下を、お揃いの眼帯をつけた子供が二人かけていく。兄弟だろうか、声がよく似ている。
「マスターが大変。マスターが大変だ」
「あいつを呼ばなきゃ」
「Kを呼ばなきゃ」
囁きとともに、兄弟は廊下を走って、階段を降りていく。一階にいた他の三人の子供に「大変だよ」と告げる。
「Kは今日来るのかな? マスターつらそう? 僕たちどうしようかな?」
不安そうな兎耳の子供の頭を、梟のような翼の先で一番年上の青年が撫でて、「俺たちは静かにしてような」と微笑む。
「誰か来る、誰か来るよ」
青白い顔をした背の高い子供が怯えたように、梟の青年の背中に縋る。耳の良い彼らは、遠くからの足音を聞いて、廊下の先、玄関を静かに睨む。扉番の男が来訪者と言葉を交わしているのが聞こえてきた。
ぎい、と重たい玄関の扉が開くと、真っ白の洋服の男がにんまりとした顔を五人の子供たちに向けた。
「おやぁ? 今日は制服じゃないねぇ?」
男が玄関ホールに入ると、上着を脱いでその下に隠していた蚕のようなふわふわとした白い羽を伸ばして、ふう、とため息をつく。
「静かにしろよー」
「そうだぞ、静かにしろよな」
眼帯の兄弟はナイフを取り出して、ぴっ、と男に向けた。
「君たちいつも物騒だねぇ。今日はお使いに来ただけさ」
「本当か?」
梟の青年が疑り深く白い男を見る。男は白いジャケットのポケットから、紫の封蝋がされた手紙を取り出して差し出す。受け取って中身を確認すると、子供たちがマスターと呼ぶ人の名前が訪問を許可する旨を書いていた。
「伺うと連絡を入れてある。私の上司が」
「……着いてこい」
梟の青年は他の子供達と別れて、警戒したまま白い男を連れて上階のマスターの部屋まで向かった。
何かが床に落ちる音、ガラスが割れる音が扉の向こう、部屋の中からしてくる。それとマスターの声と使用人の声も。
「ああ、ご主人さま、どうか今日はもうお休みください」
「いや、まだだ。次まで時間がないんだ」
「今晩は月がかなり照っておりますゆえ、お体に触ります」
「アレのせいなどではないと言っているだろう!」
「ですが、お医者様もそう仰ってお薬をくださって」
「喧しい! 効かぬ薬を誰が飲むというのだ」
梟の青年は扉の前に立ち、翼を広げて白い男に向き直る。
「さあ、これでも約束通り面会するのか?」
「勿論」
男は口元に弧を描いて、青年が止めるのも振り払って強引に部屋の扉を勢いよく開け放つ。
「ご機嫌よう。白の大臣より伝令ですよ」
場違いなほど陽気な声が響く。肩にガウンをかけて、青白い顔のマスターは大きくため息をついて、「Kを呼んでこい。薬は要らん」と告げて使用人を部屋から追い出すと、白い男の後ろで困惑した梟の青年に微笑みかける。
「お前たちはもう寝なさい。うるさくしてすまないね」
「はい、マスター。おやすみなさい」
梟の青年はお辞儀をすると、他の子供達が待つ階下へ向かった。見送ってから、マスターはまた大きなため息をついて、今度は白い男に向き合う。
「で、今度はなんだ? お前がくるということは良い話ではないだろうな」
「おやおや、大臣様からの有難ァいご忠告と、私が仕入れた新しい『情報』もお持ちしましたのに、そのような言い方はいかがなものかと?」
応接用のソファに断りなく座る白い男は、懐から一通の封筒を取り出し宙に浮かせる。呆れた顔でマスターは封筒を掴むと、白い男を見やる。
「忠告だと?」
「『星廻りが悪い。君は今より慎重に行動しなければ痛い目を見る』とのことです。非常に慈悲深く、お優しいお言葉ですねぇ」
「顔も見たことがないくせに、よく知った口がきけるものだな、白の大臣殿は」
「ふふふ……」
心底面白いといった様子の白い男に、マスターは再びため息をついて封筒の中身を見る。白い封筒の白いカードには文字がなく、マスターの指が表面を撫でると黒々とした文字が浮かび上がった。一文読めばその文字が自ずから発火し、読み終えるとすべて灰になって消えた。
「……仕入れ先は前と同じではないな?」
「当然です。あの粗悪なネックレスではよろしくないでしょうからね、私どもにとっても」
男の答えに深く頷くと、考え込むようにマスターは痛みが増していく自身の左手を見つめた。
7.5 虚ろな国の民
