6.3 灰白のベールの内

 事件の余韻を残したまま、ラナクス学園は雪休暇、すなわち冬休みに入った。寒さも厳しく雪の多いニウェース聖区にある学園に休暇中も残る生徒は限られている。学園と家がとても離れているような生徒たち、もしくは帰りたくない理由があるか、孤児院育ちか、というところだ。
 シャルルもヴィンスも休暇は学園で過ごすことにした。シャルルに関しては、アルカンナ島が観光にもってこいの時期となり、本土からの交通費がとんでもなく高くなってしまうため帰省をやめたのだが、ヴィンスには特段の理由は無いとのことでシャルルは驚いた。二人が学園に残ると知ったウィルは直前まで「え、やっぱ帰るのやめようかな」などと言っていたのだが、妹のメアリーから「お兄様の誕生会があるのですから、帰らなくてはいけませんわ」 と嗜められて渋々帰省の途についたのである。
 雪休暇の学園はこれでもかというほど静かだ。敷地内はどっさりと雪が積もっていて、白樺の森は雪と木々の区別ができないほど。どんよりとした曇り空の下、シャルルとヴィンスは雪休暇の毎日を図書館に行くことで時間を潰していた。残っている生徒たちも少なく、先生も最低限しかいない。シャルルは初めてみる雪景色にも流石に数週間もすれば慣れてきて、ブーツの紐をしっかりと結んで、首元をマフラーでぐるぐる巻きにした上にマントを羽織って寮から図書館へ向かう。
「もう宿題終わっちゃったけど、今日はどうしようか」
 マントのフードを作って、飛んでくる粉雪に目を瞬かせながらヴィンスがシャルルに尋ねた。
「うーん、こんなに早く終わると思ってなかっ……うわっ!」
 マフラーで視界が悪くなっていたために、つまづいてしまったシャルルがそのまま雪に突っ込んだ。冷たいフカフカを顔全体で感じた。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
 雪まみれになった顔を袖で拭って起き上がり、何に転んだんだろうかと振り返ると真っ白な生き物が大きな耳を動かして、不満げな視線をシャルルに送っていた。シャルルのマントの雪を払ってくれていたヴィンスもそれに気がついて苦笑いする。
「ユキギツネだ。そんなところで寝てるのが悪いぞ」
「キツネって学園にいるんだ……」
「基本は森にいるはずだけど、生徒が少ないから出てきたんじゃないか? 大体は人が近づいたら逃げていくけど、この個体はのんびりしてるんだろうな」
 ヴィンスの言葉に「心外な」と言わんばかりにユキギツネは立ち上がってシャルルたちの周りを飛び跳ねまわると、スタコラと森の方へと向かっていった。
 図書館に着くと、学生ではなく司書の女性が雪まみれの彼らのマントを入り口に掛けて干すように声をかけた。彼女も、この時間にシャルルたちが来るということも慣れているようで、二人にハンガーと後で取り間違わないように番号を振ってあるタグを渡すと、すぐにカウンターの裏へと戻っていった。
「今日は人が多いみたいだね」
 同じように入り口のラックに他の寮生のマントが掛けられていた。毎日通っていると、ある程度人数が固定されていることにシャルルは気がついていたが、今日は特別寒いからだろうか、それとも寮でやることがなくなってしまった学生たちが図書館に来ているのだろうか、いつもより掛かっているマントの数が多い。
「確かに。いつもの席は空いてるかな」
 ヴィンスがそう言いながら、自分のマントを渡されたタグと同じ番号のフックに掛けている。シャルルもその隣に自分のマントをかけると、まだ濡れている前髪を少し袖口で拭った。
 今日は何をやろうかと小声で話しながらシャルルたちは閲覧室の奥の方へと向かう。他の学生のほとんどが一人で黙々と本を読んだり、宿題に取り組んでいるその上を、相変わらず本たちが自由自在に飛び回っている。図書委員も多くは実家に帰省しているようだが、図書館の一番奥の閲覧室はやはりモーリスが机を占領しているらしい。たまに本を探しにきた彼のぬいぐるみが視界に入っていた。
「今日は何か小説でも読もうかな……」
 ヴィンスがそう呟いたので、シャルルは微笑んで頷く。
「僕もそうしようかな。ヴィンスのおすすめある?」
「シャルルが好きそうなものか。……とりあえず、小説の棚まで行こう」
 ヴィンスがいつもとは違う方向の棚を指差すのでシャルルはそれについていく形になった。ここ数日、宿題をするために使っていた占星術関連の棚からいえば、ほぼ反対側に位置するところにあった。
「本当に、ここ、広すぎるよ……」
 小説エリアに着く頃には飛んでくる本たちを避けながら歩いていたシャルルは息も絶え絶えといかないまでも、うっすら汗が滲むくらいであった。ヴィンスは涼しい顔をしているが、彼も腕まくりをしているので歩いて暑くなったらしい。
「シャルルは好きな作家っている?」
 ヴィンスが腕を組んで小説の棚の案内板を見ているのでシャルルも覗き込んだが、頭文字が棚に振られているところを見ると、どうやら作家ごとに並べられているらしい。
「あんまり詳しくないかも……」
「じゃあ、ジャンルは? 推理小説とか、冒険物語とか……」
「どちらかというと、推理、かな? 探偵ものは読んだことがあるよ」
「いいね。僕も好きなところだ」
 ヴィンスは少し嬉しげな表情を見せると「こっちだ」と言って、シャルルの手を引いていく。普段もよく寮で本を読んでいるし、ヴィンスが読書家なことは知っていたが、特別何が好きかなどは彼が話すこともなく、シャルルも深掘りすることはなかった。シャルルとしては、読書に夢中になっているところに水を差すように声をかけるのが憚られたのだ。
「僕は外縁国の古い推理小説が好きなんだけど、言葉遣いが難しいからあんまりおすすめはしないかな。でも、シャルルと同じアルカンナ出身の作家で好きな人がいて、ヴェルーノって小説家って聞いたことある? 短編小説の名手って言われているんだけど、その中でも僕は『月夜の白い夢』の中にある探偵の話が好きで……」
 そこまで話したところでヴィンスがハッとしてシャルルを振り返る。頷きながら話を聞いていたシャルルは突然こちらを向いたヴィンスに驚いて目を丸くする。
「すまない、僕、つい話し過ぎてしまった」
「え? 全然大丈夫だよ」
 シャルルがきょとんとしてヴィンスを見るが、彼はバツの悪そうな顔をしてから、何かを言いかけて少し視線を彷徨わせてから、少し奇妙な「……うん」という返事だけをした。
 トリスタン・ヴェルーノという作家の棚までいくとヴィンスは先ほど話していたタイトルの本を見つけてシャルルに手渡す。表紙には満月と小さな鳥が飛んでいる絵。そこまでページ数も多くないし、ヴィンスほど読書家でもないシャルルでも読みやすそうだと感じた。
「ヴィンスが好きな本、ちょっと興味があったんだ。ありがとう」
 シャルルがそう言うと今度はヴィンスの方が目を丸くして驚いている。シャルルはどこに驚く部分があったのだろうかと首を捻ると、ヴィンスは破顔する。
「こちらこそ」
 二人ともが小説を手に持って、近くの閲覧席を探していたところ、角の方にも一人用の席があることに気がついた。そこに座っている黒髪の少年が目についたのだ。
「一人用の席って、奥の方にあって気がつかないよね」
「集中するにはもってこいだけどな」
 シャルルとヴィンスの会話が聞こえたのか、少年は必死に動かしていたペンを止めてノートから顔を上げる。ロイだった。シャルルと目が合うと、ロイは急いで広げたノートをまとめて立ち上がり、逃げるように足早にどこかへ行ってしまった。
「今の、ロイ?」
 ヴィンスも気がついたらしく、ロイが走って行った方向を見て怪訝そうに言う。何か見られたくないものでもあったのか、シャルルたちがよほど嫌なのか、と不思議に思いながらも、彼らは広いテーブル付きの閲覧席について、各々に読書を始めた。

 翌日。シャルルは大きなくしゃみで目が覚めた。
「風邪?」
 鼻を啜りながら起き上がったシャルルにヴィンスが声をかける。いつも通りシャルルより早起きのヴィンスはすでに身支度は終えているようだ。
「かも……」
「すごい鼻声だ。熱は?」
「ないと思うけど、ちょっと体はだるいかも……」
 そう言いながらシャルルはデスクの引き出しを開けて、どこかに突っ込んだはずの体温計を探した。白い清潔なケースに入れられた細い金属製の体温計を脇に挟んだところで、シャルルはもう一度盛大にくしゃみをした。
「昨日、雪に転んだからかもね」
 ちり紙をシャルルに渡しながらヴィンスが苦笑いする。不意に窓の外を見ると、吹雪いているのが見えた。この様子では校舎にある医務室へ行くにしても一苦労だ。ちらりと体温計を見てみるが微熱程度で、わざわざ医務室に行かなくても一晩寝ていれば治りそうな気がした。
「今日はゆっくりしたほうがいいな」
 ヴィンスの言葉にシャルルは肩をすくめて再びベッドに潜り込んで、またくしゃみをする。
「全然眠くないけど、横になっておくよ」
「何か話そうか?」
「え?」
 ヴィンスがデスクから椅子を引っ張ってきて、シャルルのベッドサイドに腰掛ける。自分が今言ったことに対して急に不安になったのだろうか、ヴィンスは視線を彷徨わせる。
「あ、いや……僕は昔風邪を引いた時、いつも一人だと寂しかったし、誰かにそばで話をしていて欲しかったから」
 しどろもどろに言い訳をするヴィンスに、シャルルは頷いた。確かに、自分が幼い頃に風邪で寝込んだ時、祖父が何をするでもなくシャルルのベッドの近くで新聞を読んだりお茶を飲んだりしていて、一人っきりで部屋にいるよりも安心したことがあった。
「その気持ち、わかるかも。病気の時に誰かに見ててもらいたいなって思ったことある」
 体温計を取って枕元に置いたシャルルを見て、ヴィンスは手元に視線を落として少し考える。
「……じゃあ、僕の家の話をしてもいいかい?」
「ヴィンスが話したいなと思うことを聞かせてよ」
 シャルルはヴィンスの方を向くように寝返りを打つ。
「前に、シエロは嫌われているって話があっただろ」
 リチャードが評議会で弁を振るっていたのを思い出しながらシャルルは頷いた。
「僕も家族から……特に父上と母上からはあまり良い顔をされていないんだ」
 ヴィンスからそういう話を聞くのは初めてだった。シャルルは自分の祖父から手紙が来たり、母の見舞いに行った話をヴィンスにすることは多々あったが、その反対、つまりヴィンスが彼自身の家族についての話をすることは今まで一切なかった。シャルルはヴィンスが自分を信用してくれているのかなと思って、何も言わずにただヴィンスの次の言葉を待った。
「僕の家、グレイ家はずっとサナティオの能力を持っている人しかいなかったんだ。侯爵家として長年医療系の支援をしていることもあるし、そういう特性の家なんだと思う。父上と母上、それに弟のジョージ……一つ下なんだけど、僕以外がみんなサナティオなんだ。だから、シエロとして僕が生まれた時に、家は大騒ぎになったらしい。もしかしたら魔物の取り替え子なんじゃないかって。遺伝子検査をしてそれは嘘だってことがわかったけどね」
 シャルルが静かに聞いていることに安心したのか、ヴィンスは椅子に背をもたれかけた。
「それで、小さい時は魔力の制御がうまくできなくて、たくさんものを壊したんだ。家の中にある大切なものとか、窓ガラスとか。その度に母上はとっても怒って『サナティオじゃないから、出来が悪いんだ』なんて言うこともあった。ジョージが特別頭がいいからよく比べられてたけど、父上も『長男だからしっかりしろ』って何度も言ってたな。大きくなって、それなりに安定してきたら父上は何も言わなくなったけど、母上はやっぱりシエロに対しては差別的な考えがあるみたいなんだ」
 一息置いて、ヴィンスは苦笑のような安心したような、なんとも言えない表情を見せた。
「そういうこともあって、休暇には家に帰りたくなかったんだ。なんだか、重いし、取り止めのない話をしてごめん」
 ヴィンスも誰かに話を聞いてもらいたかったのだろうと思い、シャルルは微笑んで緩く首を振る。
「大丈夫だよ。話してくれてありがとう」
 くしゃみが出るので格好がつかないが、ヴィンスも少し気が楽になったようで笑顔を見せる。シャルルは鼻をかんでから、ヴィンスに向き直ると前から引っかかっていたことを話題に出すことに決めた。
「一つ気になって、質問してもいい?」
「ああ、僕が答えられる範囲のものなら」
 ヴィンスは首を傾げてシャルルの言葉を待つ。
「前にも聞いたかもしれないんだけどね、どうしてシエロに対して差別的な人たちが多いの?」
 シャルルは能力の種類について関係のない島で育ったため、感覚としても理解できていなかったし、なぜリチャードたちはあんなことを言ったのか、ヴィンスが母親からよく思われなかったのかがわからなかった。
「この間、リチャード・マクドネルも言っていたけど、シエロは光にも闇にも一番近いと考えられているんだ」
「光と闇って、魔力がってこと?」
「そう。僕やディキンズ先生、君みたいに風や水といった自然の能力を使えることもあるのがシエロの特徴なんだけど、大きくその能力っていうのは四元素と光と闇に分類できるんだ」
 初めて聞く言葉にシャルルは黙り込んでしまう。一体どういうことなのかさっぱりわからず、首をひねった。
「ごめん、ちょっとわからないかも」
 ヴィンスもそれに対して頷いて、自分のデスクからペンとノートを引っ張り出してシャルルの前に見せる。大きな丸を書いて、それを四等分すると「風・水・火・土」と分けた。
「つまりこういうことだ。四元素というのはこの世界の自然に対する能力で『風・水・火・土』に分けられる。風は例えば僕の能力みたいなもので、水はディキンズ先生とかシャルル、君の力。火はロイとか。土はそうだな、例えば宝石を作ることができたり、植物を生やしたりできる」
 ヴィンスは次にその上下に丸をかいて、上方に「光」と、下方には「闇」と書いた。
「そして、そのほかにも二つ分類できるものがある。神様の力を分けられていると考えられる、光と闇の能力。光の能力は魔法の中でも王になる力と考えられている。例えば今のレウェーナ陛下も光の魔法使いだから戴冠したんだ」
「あ、それは教科書で見たことがある。よく分かってなかったけど、シエロの能力なんだね?」
「そう。それから、もう一つの闇の能力は、破壊と消滅のための能力。魔物が備えている能力に近くて僕もよくは知らないけど、他の魔力区分では説明できないものって言われてる。光も闇も、数がものすごく少ないらしい。秘密にしている人もいるから詳しい数はわからないけど」
 シャルルはヴィンスが書いてくれた図をじっと見て考える。
「……じゃあ、魔物に近い力を持っている可能性が少しでもあるから、シエロは好かれてないってこと?」
「そういうことだろうね。魔力の特性だけを考えた場合、シエロは限りなく魔物に近いと言える」
 ガタガタと吹雪が窓を打つ音が部屋に響く。

 年が明けて一月。すっかり風邪も治ったシャルルはヴィンスと共にまた図書館の閲覧室で時間を潰していた。休暇もあと一週間もしないうちに終わる。今日はウィルが早めに学校に戻ってくるという連絡を受けて、二人とも少しソワソワしていた。
「そういえば、ウィルが役者してるって聞いて前、君驚いてたよな」
 ヴィンスがふと思い出したようにそんなことを言う。シャルルは読むでもなく眺めていた小説から顔を上げて、こくこくと頷く。
「僕、そういうの疎くてよく知らないんだけど、ウィルって実は有名人だったりする?」
 シャルルが身を乗り出して尋ねるので、ヴィンスは少し口の端を持ち上げて大きく首を縦に動かす。
「ロゼアに一番大きな劇場があって、そこからもうオファーが来てるくらい。今は役者よりもモデルの仕事が多いみたいだけど、夏の休暇で舞台に出てるから、そこそこファンがついてる」
「あ、だから女の子たちがたまにウィルのこと見て何か話してたんだ……」
 ウィルが一緒にいる時、通りかかった女の子たちが何人かじーっと見てくる視線に気がついていたが、やはり彼が有名人だと言うことが理由だったのか、と納得してシャルルは「すごいや、そんな子と友達なんて」と少しワクワクしながら呟く。
「そうそう。僕も一度、放送されてるドラマにウィルが出てるの見たことあるけど、素人目に見ても演技が上手だった」
 ヴィンスはそう言いながらチラリとシャルルの斜め後ろを見て、笑みを深める。どうしたんだろうと思って振り向くと、顔を真っ赤にしたウィルが新聞片手に立っていた。
「ちょっと! 二人してなんの話してるのかと思ったら、俺の話じゃん! 本人不在でやるなよ〜」
 照れ隠しのようにそういいながらヴィンスの肩を叩き、シャルルの隣に座る。叩かれつつも笑っているヴィンスはウィルと話しやすいように積んであった本を横に退ける。
「役者なんてなかなかできるものじゃないだろ」
「まあ、そうかもだけどさ……」
 ウィルが恥ずかしそうに目線を泳がすのが、シャルルにはなんだか新鮮に見えた。
「まだ学生なのに役者さんなんて、すごいよ。僕もウィルの演技見てみたい」
「ほんと? じゃあ、次出る時は二人を招待するよ。っていうか、俺の話より、シャルルに聞きたいことあってさ」
 そう言いながらウィルが手に持っていた新聞を急いでガサガサと広げる。
「兄さんが『お前が出た広告が載ってるぞ』って見せてくれたんだけど、その横にちょっと気になるのを見つけて……あ、このページだ」
 机に広げられた新聞の上部に微笑んだウィルがお菓子を持っている広告写真があり、その下にいくつか記事が載っている。シャルルとヴィンスも身を乗り出して、ウィルが指で示した見出しを覗き込む。
「『軍医療班大勢死亡、魔物たちの復讐か』……ってどうしてまた物騒な記事を僕らに見せるんだ?」
 ヴィンスが怪訝な目線をウィルに向けるが、「そこなんだけど、そこじゃなくて」と言いながら手を振って否定する。
「ここ。被害に遭った人の名前が載ってるんだけど」
 ウィルが海辺の写真の下に載っている細かな字で書かれた名簿をなぞって、ある一点で止まる。
「『レイモンド・リーヴス』ってのが目に入ってさ。シャルルの家族かもしれないと思って」
「父さんだ」
 シャルルは小さな字で書かれている記事をよく見ようとして顔を近づけた。

ミラトア王国軍は六日、三月に起きた海軍医療班を標的にした事件について、その調査結果と全体被害について発表した。事件の原因は火災とされており、クウェス州フィルトナの沿岸部にある海軍医療班が拠点としている基地で起きた。火災の原因は明らかでないとした上で、公安の調査によると魔物が数名収容されていたことが判明した。火災によってそれらの行方は不明だが、収容所も火災の中心地にあったこともあり死亡したと見られる。公安・軍が出した共同声明によると火災自体と魔物との関連はないとしている。しかしながら、当新聞社独自の調査によると火災の被害となった医療チームは魔物に関する研究を行なっているのではないかという報告が確認されており、魔物側からの復讐としての動きもあるのではないかと考えられ……

 被害医者名簿に自分の父の名前があることを確認して、詰まっていた息を吐き出すように話し始めた。
「父さんは火事で死んだんじゃないと思う……。父さんの同僚はちゃんとオフィスに残っていた遺品を全て持ってきたし、父さんは遠洋船に乗ってて、それで事故にあったって聞いたもの。……そうだ、火事があったのも、僕が遺言を聞いた時の次の日だった」
 父の亡骸を見ることは叶わなかったが、それは確かだった。シャルルが父の遺言を受け取った日、その翌日にフィルトナ基地での火事が起こり、シャルルの家へ遺言を伝えにきてくれた父の同僚であった軍医も、確かそれで亡くなったという話を聞いたことを思い出した。シャルルは父の死亡を聞いてからの約一ヶ月間の記憶が飛んでいるくらいには、あの時は母も倒れたこともあって、忙しなく過ごしていたのだ。
「なら、軍はシャルルのお父上が亡くなった件について何か隠蔽しようとしているってことか?」
 ヴィンスが記事を見ながらそう呟くが、ウィルは関連が見出せないようで目を瞬かせる。
「え? なんでそうなるの?」
「従軍先で事故にあったなら、事故と言っていいはずなのにそれを隠してる。じゃあ、どうして事故の被害者ではなくて火災の被害者として公表しているのか、っていう疑問が残るんだ」
 シャルルはヴィンスの話すことに頷きながら記事をじっと見つめている。その様子を横目に見て、「僕の考えが違うと思ったら言って欲しいんだけど……」とヴィンスが前置きをして続ける。
「シャルルのお父上に起きた事故か事件の話を隠さないといけないってことは、軍か国にとってよくないことがあるんだろう。そうすると、記事の中で気になる点が出てくるんだ。火災があった基地に魔物がいたことを認めているのに、魔物は関連してないって軍は声明を出している。だけど、新聞の調べだと基地では魔物の研究をしていたかもしれない。火災のことについては、魔物の研究を隠そうとしていて、シャルルのお父上の事件についてはそれ自体を隠そうとしている。それがすごく、変なんだ」
 ヴィンスが一度言葉を区切ってシャルルを見る。ウィルも同じようにチラリとシャルルへ視線を投げる。シャルルはまだ名簿の字を見たままだ。
 沈黙が三人の間を十分に満たした後、シャルルがようやく口を開く。口が乾いて仕方がない気がした。
「ヴィンスのいうこと、僕もそう思う。ここに書いていることが正しいとしたら、父さんは……」
 シャルルの心の中にずっとあったぼんやりした疑念に形が与えられたようだった。まるで自分の死を予期していたような父の遺言によって、シャルルはラナクス学園へやってきた。父の亡骸に近づけなかった理由は、シャルルを大人が近づけさせなかったからではなかったと言うことを、今になって思い出した。父がいなくなってしまう喪失感に紛れて今まで忘れ去られていたあの強烈な違和感のせいだった。これ以上近づいてはいけないと本能が伝えたそれは、学園にやってきてからも感じたあの異臭や耳鳴りに似たものだったと、思い出したのだ。父さんの最後の表情すらも見ることが叶わなかった。
「やっぱり魔物に殺されたのかもしれない」
 思わず机に手をついたシャルルの頬には大粒の涙が流れていった。

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