奇縁

天帝と呼ばれるほどの存在、夜の皇帝。私の守護者であり、私の監視者でもある。

書籍を広げて香を焚いていると、さすがに高緯度地域と言えど熱くなってくる。
「お、まだやっとるんかい」
「……今来ないでって言ったよね…」
息も絶え絶えの私に、無遠慮にドアを開けるトーマス、後ろからパーシヴァルが覗いてくる。
「可哀想に」
「…はぁ……」
脳が膨張するような痛みに息を吐き出す。握りしめた手には杖がある。
「おい、やめろや、様子見に来ただけやって」
トーマスは杖が何をするか分かったようで、いそいで出した尻尾で口元を覆う。
「ご飯置いとくで、アイリーン」
トーマスと同じようにしていたパーシヴァルは、お盆を積み上げた書籍の上に置く。

トン、という音と吹雪。

私が生み出したそれは部屋から二人を追い出し、静かに戸を閉めた。

「日に日に酷なってない?」
「研究所に連絡しとってやらなぁ〜」
「はあ、俺らが何とか出来たらええけどそうはいかんもんな」

「…っちゅうわけで、妹は本日休ませていただきます〜。……ええ、はいはい、ありがとうございます。ほな、よろしくお願いします」
やっとのことで部屋から這い出てきた私は、ちょうどよくパーシーが電話してるところに出くわす。
「ありがとう。ごはんも」
「かまへんよー。トミ〜、アイリーン出てきたで〜……ほい、これ飲み。ヴェルックスさんがこの前置いてってくれたレモンシロップ入っとるから、ちょっとは気休めなるやろ」
うなずいて、差し出されたグラスを受け取る。私は手を動かして、椅子を呼び寄せる。
「いちいち魔力使っとったら、逆に悪ならん?」
「…いや、溢れてくるから出さないと溜まる」
「おー言い方言い方。アイリーン、どない?」
トミーがべつの部屋から出てきて私の隣に座る。
「まだまし。明日は多分おさまるよ…。天測庁の報告見てたんだけど」
私は通信機をつついて表示させた。
「あ〜、明日雪?お客さんこえへんかったらどないしよ」
「雪宿りによるんじゃない? 明日夕飯食べに寄るから私は行く」
「ほなアイリーンに便乗して俺も行こ〜」

私たちは血の繋がらない兄妹だ。トミーとパーシーは実の兄弟で双子なのだけど、私たちは養父が同じなのだ。彼らは事故で亡くなってしまったが、本当はおそらく私たち養子が虚国出身だということを知って、よく思わないやつらが殺したのだろう。馬鹿馬鹿しい話だ。私たち兄妹は、今は地位もあり上手く逃れられている。

濃霧立ち込める早朝に、私は聖区の白い石畳を黒い革靴で歩いていく。小さくしていたステッキを研究所が近づいた頃に伸ばして腕に引っ掛ける。門番が私に敬礼をするから、片手をあげる。
「おはようございます。身分証を」
「おはよう、今日雪が降るそうだね」
ジャケットの内ポケットにいれてる証明書を取り出して見せる。
「そうでしたか。交代まで降らなければいいのですが」
軽く会話をし、門を通って研究院の敷地へと踏み込む。朝早いが既に人影がある。
「ヴォルテーヌ先生」
「…ああ、オノジ先生、おはようございます」
呼びかける声に手を挙げて応じる。学園で地理を指導している講師だ。
「体調どうですか? 昨日お休みされてたみたいで」
「もう大丈夫ですよ。ご心配お掛けしました。それにしても、お早いですね。こちらで仕事でも?」
「まあ、生徒たちの課外活動の件で」
「あ〜。司法庁の方ですね。場所はご存知で?」
「わかります。その前に知人に呼ばれて」
「それで私と同じ方向へ」
「はは、そういうわけです」
私がキーを翳して重たい扉を開けている横で、研究室のボタンを押している。
「生物学のお知り合いと言うと、ポリーナさんでしょうか?」
「そうそう。ヴォルテーヌ先生も面識ありますか?」
「多少ですよ。これだけ研究者が居ればいわゆる顔見知りみたいな関係も多いですから、では、私はこちらの塔なので」
「また学園で〜」
にこやかなオノジ先生と別れ、わたしの職務室へと向かう。

通信機が震えるので何事かと取り出して確認する。
「なんです?」
「うわ、ヴォルテーヌさん、機嫌悪い?」
「朝イチそれは無いでしょ…ツァーリさん」
「昨日送ってくれた資料に返答してるから確認しといてね」
「はあ」
ため息と相槌を綯い交ぜにして、エレベーターのボタンを押す。
「本題だけど、今回の展示会のスポンサーの話」
「やっと見つかりましたか。どこですか」
「アンドレセン家」
「……侯爵か」
「その通り。出版につよいとこ探してたら、前回別の展示でお世話になったイーストンさんが推薦してくれて」
「あの辺最近こっち分野支援多いらしいですもんね。ありがたいです。ツァーリさん睡眠時間確保頑張ってください」
「何その言い方。ウケるんだけど」
「例の侯爵家、まあまあ細かいらしいですよ。兄の仕事相手なんですが」
「ウソでしょ…まあその辺は他の職員使う。それで、顔合わせあるからちゃんと出席してねっていう念押しの電話なんだよね」
『6階、魔術図書文献局 でございます』
「嘘ですよね。私病み上がりだからスルー」
「侯爵家に潰されるよ」
「はぁ…いきます……」
「出勤してるんなら日程確認しておいて。君の秘書に調整してもらったから」
「……はいわかりました」

研究院の文献をまとめている魔術図書文献局、通称図書局。王国中の図書館のトップに位置する組織の、そのトップ。

「はじめまして、図書局のアイリーン・ヴォルテーヌです。よろしくお願いします」

円卓を囲む一脚。研究院の制服を着て背筋を伸ばした人は、笑みを浮かべて会釈する。賢そうだ、と当たり前な感想と、やはり見た目は好みだなという私情が入る。最後に見たのは学園に通っていた時だから随分と前だ。
「この度はご援助ありがとうございます。アンドレセンさん」
「いや、とんでもない」
「それに、兄が世話になっておりまして、お噂はかねがね」
「兄…と言いますと?」
「トーマスです。報道出版に勤めておりまして、アンドレセン家には多大なご支援を」
「…ああ。というか、そんなに畏まらなくていいですよ」
予定の時間より早く来ていたということにも好感が持てる。そろそろ他の人間も来るだろう。早めにかじを切っておいた方がいい。
敢えて俺がこの展示に乗ったのも、この人に会うためだから半ば計画は上手くいっている。根回しとお節介がひっきりなしに連絡をしてくるのは気づかれていないだろうか。
「そうですか? しかし……」
「会議が終わったら、仕事じゃないでしょ? 俺としては、気軽に話してもらいたい 」
「……分かりました」
困ったように笑って頷いた。視線の先に居られることがとても嬉しいが、この壁を取り除くことからしなければならないな。

「と、いうわけで、プロジェクトが無事に成功するように、博物館スタッフも最善を尽くします」
「図書局長としても、一研究者としても、良い展示会になれるよう助力致しますので、よろしくお願いします」
「私も楽しみにしています。では、今日はこの辺りで」

という緊張する会合を終えて、さあ研究室に戻ろうかと外に出た。懐中時計を取り出して、星々の位置を確認する。空は厚い雲に覆われている。雨は降らないだろうが、そのせいで星の動きが変わりそうだ。
はぁ、とため息を吐き出し、杖をコツンとついて歩き始めたところ、帰ったかと思ったアンドレセンさんが私を呼び止めた。
「アイリーンさん」
立って近くで話すと背の高さがすごく気になる。トミーやパーシーより高いのでは、と姿勢を正して見上げる。そして香り。どこか懐かしい香りがするのはなぜだろうか。

「どうされました? なにか忘れ物でも」
「いや、少し頼みごとが」
「なんでしょう」
「図書局の見学をさせて欲しい。どのような管理をしているのか興味がある」
「左様でしたらお易い御用ですよ。本日お時間があるんでしたら今からでも」
「そのつもりで君を待っていたんだけど」
「あら、ではご案内します」
「ん、よろしく」

噂には聞いていたけれどこんな美形とは思わなかった。灰色の日々に一縷の光。目の保養である。ツァーリさんには感謝しなければ。
それにしても、聞いていたほどのこまかさでは無い。
「少し歩きますが、大丈夫ですか? なんなら転移致しますが」
「構わない。敷地を見るのも楽しい」
「そうですか」
歩き出すと背の高い人によくある置いてけぼりというのは無い。歩幅を合わせてくれているのか。
「アイリーンさんは学園でも働いているって聞いたけど、何を教えてるの?」
色々と考えながら何を話そうかと思っていると、アンドレセンさんから振ってきた。
「あ、特殊魔術を…」
「すごいね。学生時代から君の話は聞いていたけど」
「え、そ、そうなんですか?」
「有能な後輩が居ると聴いていたから、寮は違ったけど」
「アンドレセンさんは青でしたよね?」
頷き、首を傾げる。
「知ってたんだ。でも、話したこと無かったよね、学生時代」
「はい。人見知りが今より強かったので、自寮からほぼ出てなくて…はは…お恥ずかしい話です」
「よく図書館で見かけてたけど」
「…え、」
「熱心だなと感心してた」

ふ、と目が細められる。
ざわり、と私に植えられた何かが蠢いた気がした。なにか、奇妙な感覚が、アンドレセンさんと話していると感じる。

「仕事とは思わず、散歩と思って案内して。…あ、命令口調になってたらごめん」
「いえ! いえ、あの、…じゃあ、ここが研究院の本館で、私の職場は北棟です」
「へぇ…ひろいんだ」

私がキーを開けているところをまじまじと見て、インターホンを見つけると、私の肩を叩く。
「もし用事があれば、これを押せばいいの?」
「はい。そしたらこの扉があいてホールで待つという感じですね」
「そ」
にこり、としてアンドレセンさんはまた私の横を着いて歩く。

「北棟はこっちです」
「うん」
「……」

何を話せばいいものか、とくに何の変哲もない建物をエレベーターまで歩く。
「1階は誰も居ないの?」
「基本的に応接室などが入ってて」
「ああ、そういうこと」
「あとは上に運ぶのが面倒な器具とかです」
「……君以外にミデンやシエロは?」
「今期の職員にはミデンはいますけど、シエロ持ちは居ないですね…」
「じゃあ転移が出来ないか」
「ええ。頼まれることもあるんですが、急用じゃないと放っておいてしまって……っ、こほ」
エレベーターの前に着いたところで、左胸の痛みがまたでてきた。咳でごまかしてエレベーターを開ける。
「大丈夫?」
「ええ、すみません」
箱に二人で入り、私は6階のボタンを杖で押す。ステッキに半ばもたれるように立って、耐えられそうだ。
「図書文献局は6階のフロア全て使っていて、八割は重要文献の保管庫です。残りは事務室と研究室ですね」
「……学園や教会に置けない魔術書もあると聞いた」
「禁書の類…っ、も含めて研究の対象になりま、すからね」
薬が切れたのか天候の変化か、痛みが増している。
小気味よい、ベルの音と自動音声が着いたことを知らせる。

「こほ、すみません」
「無理しないで」
「大丈夫です。少し事務室で資料をお見せしますね」
「……ああ、うん」

アンドレセンさんは少しなにか言いかけて、口を閉じた。
事務室にいる職員に見学用資料を出させ、そのまま部屋を移動し、私の研究室へ行く。
「静かだね」
「みな黙々と作業をしていますから…ええと、ここが私の研究室です。散らかっていて申し訳ないのですが、どうぞおかけ下さい。少し資料の説明をいたしますので」
自室を魔法を使い開けて、杖を一振して換気、片付けを済ます。
「きれいだね。書籍ばかりだ」
「ここにあるのは私が研究に使っているものなので物珍しさはないですが…では、蔵書の説明をしますね」

「…じゃあその魔術書もアイリーンさんの管理?」
「はい。局長が重要書の管理を任されています」
禁書、特に世界の行き来に関わる図書や黒魔術のものは、私だけが触れられる。ミデンの特権というものだ。
第六保管室の閲覧台に一冊持ってきてアンドレセンさんに見せていた。
「……なるほどね」
じっくりと本を見ているアンドレセンさんの様子をぼんやりと眺める。頭痛がはじまった。薬は研究室にあるから見送ってから飲めばいいか。しかしこれで酷くなっては、迷惑をかけるから早めに飲んで置きたい。
「アイリーンさん?」
「…っ、はい」
ぼーっとしてしまった。なにか聴き逃してしまったのか。
「体調、良くないでしょ?」
「あ、あはは、バレてしまいましたかね。風邪ではないので……ッう」
ズキン、と左胸が締め付けられるように痛む。絡みついている呪いのせい。胸を押さえた拍子に体勢が崩れる。
とん、と素早くアンドレセンさんの腕に助けられた。
「っと……大丈夫じゃないね」
ひゅ、かひゅ、と息が上手く出来なくなっていて、私は杖を使わずに手を動かした。早く薬を。
バタン、バタン、と大きな音を立てて扉が開き、自分の研究室から薬を飛ばしてくる。蹲って、急いで口に含み、苦い錠剤を飲み込む。効くまで短くて三分。失態だ。
「……横になって、応急処置させて」
アンドレセンさんの声が耳元でする。
「多少、楽になるから」
「っ、ご、めんな、さ、」
「……前にも言ったけど、謝罪より感謝がいいかな」
前ってどういうこと、と思ったがそっと目を塞がれて、左の脇腹に暖かな感覚。
「安心して。俺は誰にも言わないし、言ってない」
意識が遠のく。ダメだと思いながらも、緩やかな温もりが、薬の催眠効果をあげているのかもしれない……

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