初恋

力の抜けたアイリーンさんを抱き上げて、彼女の研究室へと向かう。途中、事務室のスタッフに軽く声をかけて毛布を持ってこさせる。ソファはあったから寝かせればいいだろう。

「局長、やっぱり無理為さってたんですね……。アンドレセン様もお体大丈夫ですか?」
スタッフから毛布を受け取って、アイリーンさんにそっとかける。数分で目覚めるだろうが、薬がどの程度のものか分からない。
「俺は大丈夫。少し様子を見ているから席外してもらえるとありがたいんだけど。…あ、彼女とは知り合いだから、気にしないで」
「左様でしたか……何かございましたら、事務室にいますのでお声がけ下さい」
片手を上げて返事に変える。ドアが閉まり、部屋に置かれた多機能時計の機械的な音が響く。
覚えてくれていないのが残念だ。

あれは俺が学園にいた時だ。人から離れる場所を探していたとき、同じような風貌の学生が蹲って居たのを見つけた。
空き教室の隅で、小瓶を持っている。ローブをきちんと着ているが、色は緑。ステルクスはそもそも少ないこともあり、把握はしやすい。しかし見たことない顔だから、一年生だろう。
「……ねぇ、君大丈夫?」
教室に入って隣にしゃがむ。胸を抑えて俯いている。発作でも起きたのか。
「…あ、う、くすりがのめなくて、ひゅ」
飲めるものがないのか、とさっきくすねてきた未開封のガス無しの水を差し出す。
「これで飲みな」
涙目で頷いた一年生は、急いで薬を飲み込む。
「ごめんなさい、みず、」
「いいよ。謝らなくていい」
ぎゅ、とボトルを持つ手を見れば、袖の内側がちらりと見える。蛇の鱗のようなものと、茨で出来た痣のようなものが見える。
「……」
身体的特徴に出るという虚国のハーフか、取り替えか。いずれにせよ関係ない。恐らくミデンだろう。それも関係ない。体調不良に生まれは関係ない。
俺は立ち上がって教室とドア、カーテン、扉を閉める。
「薬、効くまで人避けしてるから……あー、俺もミデンなの隠してるからお互い様」
その言葉に頷いたその子は少し安心したように、手をゆるめ、壁にもたれるように座り直した。伏せた目の、まつ毛が頬に影を落とした。
初めて人に対して綺麗だと思った。
「迷惑かけてごめんなさい、でも、このこと誰にも言わないでください…お願いです……」
「大丈夫。言うような友達もいないから」
「すみません……」
繰り返される謝罪に、俺はドアに凭れて彼女を見た。少し落ち着いてきたみたいだ。
「謝らなくていい」
「……ありがとうございます、先輩」
初恋だった。

研究室の天井が見えた。首を動かすと、ソファに寝かされているのが分かった。
「起きた?」
反対側から声がかかって、急いで起き上がる。アンドレセンさんが応接用のソファに座って書籍を手にしていた。その辺の本棚にさしてあったやつだろう。
「す、すみません!」
私の声に肩をすくめる。
「あんまり急に動かない方がいいんじゃない?……どう、気分」
「大丈夫です…あの、すみません、ほんと……」
「謝罪はいい。俺の応急処置が効いてよかった」
「ありがとうございます」
羞恥に赤くなりながらも、頭を下げる。アンドレセンさんの手が私の肩に触れた。暖かく、魔力が注がれる。
「左胸骨、なんの呪い? 俺でも取れないの初めてなんだけど」
アンドレセン家はフォルツォじゃないのか? サナティオの能力も持っているとは、それに今の言い方、見破られているかもしれない。
「……」
黙って彼を見つめ返す他ない。違和感が軽くなる心地にさせる魔法だった。アンドレセンさんの手が離れて私の左腕を触る。
「学園にいた時、空き教室で俺が水をあげたの覚えてない?」
「……あ、あれ、アンドレセンさんだったんですか」
「覚えてなかったのかよ……まあいいや。さっきも言ったけど、俺はアイリーンさんのことは誰にも話してないし、話すつもりもない。ただ、一つ」
「……何でしょうか」
アンドレセンさんが私の左腕、袖をくい、と捲って手首を触れる。
「ッ?! な、なにを…」
「俺もミデンなんだけど、症状を明確に出来るんだよね。この、鱗、どうしたの?」
「……」
「俺に、話してくれない? 君のサポートをしたい。薬だけじゃ、不安定になりやすいんだろ?」
どうしてそんな所まで、という言葉を返すより、彼の目と、あたたかな魔力に惹き付けられ、頷くしかなかった。
「誓って、俺は君の秘密を漏らさない」
私は、右手でドアと窓へ防音魔法をかけて、握られたままの左腕へ視線を移した。
「私は、魔物です」
罪を告白するかのような重みが喉元へせりあがる。
「親が魔物として、処刑されました。私は呪いのせいで、なぜか処刑を逃れて、養父に育てられました」
「……親の処刑と引き換えにアイリーンさんの生を保つための存在という感じか。神の仕業だろうな」
アンドレセンさんが言った事は、担当医である院長の見解と変わらない。
「恐らくは」
「発作はどれくらい」
「天帝の力と気候の影響によります。天帝の守護が弱まる時に酷くて、天候の変化が激しいときも同様に悪くなります」
「…話してくれてありがとう」
「いえ、でも、どうして、サポートをして下さるなんて」
「君のことが知りたいから」
「へ…?」
真っ直ぐな瞳が私を捕える。
「君のこと、学園にいる時から気になってたんだよね」
「え……ええっ?!」

「……ほんで、俺らのことは」
トミーがテーブルに頬杖を着いて聞いてくる。勢いよく首を横に振って否定する。
「喋ってないに決まってんじゃん!でも分かるよねすぐ……どうしよ〜」
渡された連絡先に頭を抱える。キッチンから出てきたパーシーが私を見て、にへらとわらう。
「アイリーン、お顔が恋する乙女やな〜」
「はぁ?! アイリーンあのボンボンにお熱?!」
「トミーの言い方めっちゃオッサン臭いな」
「いや、いやいやいや……」
プシューと音が出そうになりながら私が突っ伏す。
「いや顔めちゃ好みやったけど、やばいやろ、バレるかわからん恐怖半端ないってどうしようおなかいたいかもしれん」
「出た、パニクった時のアイリーン。トミー、要らんことすんなよ。上手いこと行けば、俺らの妹が玉の輿や。俺らの安心も確定やで」
「分かっとるけど、取引先やで…マジで怖……」
言いたい放題の兄たちをBGMに私は届いたメッセージをそっと開いて、再びため息を漏らした。
「アイリーンの桃色吐息や…」
「やからトミー、語彙がオッサンなんよ」

「へ〜!それで、上手くいったわけだ。俺のお膳立てが」
「いや、お膳立ても何もしてないっすよね…」
先輩であるイーストンさんが、俺に連絡してきた。
「やー長かったですね。看病したら落ちるでしょ!」
なんて言うのは帰宅した途端、話を聞きに来た従兄弟のメーガンだ。
「アンドレセンは結構顔もいいしな、ま、俺には劣るけど」
「はあ……」
「なんでそんな調子なんだよ」
「いや、なんで二人の方がテンション高いのかなって」
通話先のイーストンさんと、テーブルを挟んで向かいにいるメーガンが爆笑する。何が面白いんだかさっぱりだ。
「だって! あの奥手のヘンリーがやっとアピールしに行ったんだから、テンション上がるでしょ!」
「メーガンの言う通りだな。いや〜、真面目で噂の図書局長と侯爵家の末っ子が結婚か〜」
「何勝手に話進めてんすか…」
「んで、次はどうすんの? デート誘わないと、仕事の連絡だけになるよ?」
「食事にでも誘えば? お前の潔癖度合いと合うかも確かめられるだろ」
言いたい放題の二人には喋らせておいて、俺は溜息をつき執事を呼び、メモをわたす。
「さっき連絡したんで」

タイトルとURLをコピーしました