「どうして私が奥様なの」
不意に質問をした私に、振り向いてサヴィエは微笑む。
「さっきも言ったけどね、前世で交した約束だよ。アンジュの方は忘れちゃったみたいだけど、まあ、仕方ないよな。向こうの宇宙はそういう風になってるから」
「……探しに来たの?わざわざ」
「そうだよ。ずっとこっちから向こうに行ってはあちこち見に行って、やーっと見つけたと思ったら死のうとしてるし、正直俺も慌てた」
「……よくわかんないけど、わかった」
「ふふ。それでいいよ。ゆっくり理解してくれればいいから」
「もっと質問していい?」
「何なりと」
「何歳?」
「……三十八歳」
「吸血鬼って若見えするのね。兄弟は?」
「居ないよ」
「タバコは吸う?」
「煙は大嫌いだね」
「朝方夜型?」
「夜型。当然ながら」
「趣味は?」
「うーん、読書かな。あと音楽を聴くこと」
「結婚歴」
「未婚独身」
「これまでに好きな人は」
「アンジュしかいないよ」
「交際経験は?」
「そんなことも聞く?……まあ、あるね」
「私だけ好きとは……」
「俺も吸血鬼だから血が必要なんだ……」
「あ〜……理解。なんで私が運命の人だって分かったの?」
「顔を覚えていたからね」
「私の事どうするつもり?」
「え? どうって? ……幸せにします」
「……ふ、はははは! ありがとうございます」
私は満足して暖炉の近くのソファに埋もれた。ふかふかできもちがいい。クッションを抱きしめるとこれもふわふわもちもちのカバーで気持ちが良い。
「俺は何か試されてた?」
首を捻るサヴィエはネクタイを弛めながら私の隣に腰を下ろした。
「普通に気になったこときいただけです」
「そっか、可愛いねぇ」
私の頭を撫でてにこにこ嬉しそうなので、信頼することにした。というか、私のことを好きだ可愛いだなんて言ってくれるなんて詐欺でもない限りそうない事だ。
「俺のこと信用してくれる?」
「うん。いいですよ。ひとまず信用してげます」
頷いた私をクッションごと抱きしめてくる。
「ぐえ」
「嬉しい。嫌がられたらどうしようかと思っていたんだ。アンジュが俺の事を受け入れてくれてよかった。ずっとずっとしあわせにするからね。迎えに行くのが遅くなってごめんね」
こりゃ重てぇ愛情だな、と私は苦笑いしつつも、なんだか居心地が良いこの吸血鬼のことは信じたいと思った。
「……もし海岸で私が手を取らなかったらどうしたの?」
私は抱きしめられたまま聞く。ギュスターヴが部屋に入ってきたのが見えたが、しー、と言う仕草をしたので私は気が付かないふりをした。
「諦めて、もう二度と向こうの宇宙へ行かないつもりだったよ。俺の事を忘れて幸せになれるならそれが一番だと思ったし、俺が前世で君を置いていった罰だろうから、その罰は甘んじて受けようと思っていた」
「そっかー……」
「だから、アンジュが手を取ってくれて本当に嬉しかった。ありがとう」
とてつもない愛情を向けられてるんだなあ、としみじみしながらさてあの従者はどうするんだろうかと気になっていた。
「旦那様ー? 重たい愛情もよろしいかもしれませんが、一気に告げますと胸焼けしますよー?」
わりとズケズケ痛快だなギュスターヴ。と私は抱きしめられたまま苦笑した。
「やかましいな。……服は?用意出来た?」
私を解放して、とはいえ代わりに手は握られているのだけど、サヴィエは振り返ってギュスターヴを見る。
「奥様のお部屋にご用意しました。ご夕飯も直ぐに出来ます」
「なら着替えたら夕飯にしよう。仕事を終えて疲れているからね」
「旦那様ではなく、奥様が、ですね」
「お前はホントに一言多いな」
主従のやり取りにくすくすと笑っていると、サヴィエは複雑そうな顔で私を見る。
「あら、失礼。……賢い執事がいるのは良い事ですよね」
「奥様、ありがとうございます」
「はぁ……。さ、着替えに行こう」
私の部屋は上階。サヴィエの部屋の隣。
「……寝室ではないのね」
「寝室は俺と同じだよ。……あ、ひとりが良ければここにベッドを置けるようにするからね」
本棚とデスク、ピアノとソファとローテブル。なるほど、私の趣味は前世も今も変わらないのか。
というか、寝室を初対面の男と同じにするというのは、如何なものか。いや、ありか。
「同じで大丈夫です」
ひとりが良ければと聞いてくれる優しさがあるので良しとする。
「そうか」
ほっとした表情。どれだけ私の事好きなの?と思いながら、並べられた服に目を移す。
「どれが好きかな……アンジュに似合いそうなものはずっと考えていたんだけど」
「どれも好きですよ。……あ、これにしよかな」
柔らかいふわふわの黒いトップスと、緩やかなラインのワンピース。
「薄そうだけど、魔法で暖かい布だから、心配しないで。……あ、俺は出てるから着替えたら教えて!」
急いで部屋を出て行く彼はなるほど確かに私のことをちゃんと考えてくれてはいるようだ。多少愛が重めだが。
服を着替えて、分かったのだが、魔法でサイズがちょうど良くなる仕様。学園の制服なんかと同じような作りだろうな。ポケットに入れていた薔薇を机に置いた。あれだけの動きでも瑞々しく赤い。
「着替えました」
「可愛い……女王様みたいだ」
蕩けた笑顔で私を見て頭を撫でてくる。こんなふうになる人を見るとか初めての経験だ。
「へへ。ありがとうございます」
「可愛い……」
いや、そのうち泣きそうな気がしてきた。大丈夫かなこの吸血鬼。
