How do you like to go up in a swing
Up in the air so blue― R. L. Steavenson
晴れやかに澄んだ空の下、みずみずしい自然に囲まれた小さなまちの通りは、たくさんの人でにぎわっています。通りを一本奥に入ったところに立つ、こじんまりとした教会や、その近くにあるいつもは静かな公園も、夏休みでやってきた子供たちが楽しそうに遊んでいます。
教会から出てきた少年は、前を歩くお父さんに気づかれないように、こっそりとため息をつきました。
少年の名前をルイスといいました。彼はグラマースクールに通う前に、お父さんやお母さんに連れられておばあちゃんのお家に来ていました。
ルイスが本当に行きたかったのは、おばあちゃんのお家ではなくて、お友達に誘われた海水浴でした。でも、おばあちゃんはとても遠くに住んでいるので、毎年夏休みには家族みんなで来る決まりになっているのです。子供はいつだって仕方なく、親に連れていかれるしかありません。おばあちゃんが住んでいるところは、お山の近くで海がないところなので余計にかなしくなりながらも、お母さんに言われた通りに荷物をまとめて、長い時間つまらない飛行機の中でお行儀よく辛抱してきたのです。
ルイスはおばあちゃんのお家が嫌いなわけではありませんでした。この国の他の地域よりはかなり涼しいですし、所々に立つお家にはイギリスの町並みに似ているところもあったので、むしろ着いてしまえばどうってことなかったのです。でも、それも去年までの話。こちらには一緒に遊べる友達なんていないし、行きたいと思っていた海なんて当然ありません。しかも、言葉が通じるのは家族だけで、同い年くらいの子供たちは緑色の目をしたルイスをちらりと見ると、声すらかけずにどこかへ走って行ってしまうのでした。
お父さんは腕時計に目を落とし、振り返ってルイスに言いました。
「今からおばあちゃんに頼まれたものを買いに行くけど、父さんと一緒に商店街に行くのと、ここで遊んで待っているのとどっちがいい?」
「ここで待ってる」
ルイスは公園にブランコを見つけるとそう言いました。商店街は買い物に忙しい大人ばっかりで、面白そうなオモチャ屋さんもないので興味がなかったのです。きっと教会に本もいくつかあるだろうし、一人遊びができないこともないな、とルイスは思いました。
「わかった。じゃあ、神父さまに声をかけてからこのあたりでいるんだよ。教会と公園以外には行かないように。いいね?」
「うん。大丈夫だよ」
ルイスは頷いてお父さんに手を振りました。
もう一度教会に戻ると、神父様は入り口近く、観光客向けのチラシやパンフレットが並んだ棚を整理していました。神父様は英語がわかるので、ルイスは臆せず話しかけました。
「神父さま、父さんが買い物に行くっていうんでここで待ってることにしました。あそこのブランコ使ってもいいですか?」
「おや、ルイス君。もちろん、いいよ。喉が渇いたらここへおいで、日射病になるといけないからね」
「はい。ありがとうございます」
ルイスがブランコの方へ行くと、麦わら帽子をかぶった一人の子供が退屈そうに一人で座っていました。公園の中には、他に子供はいません。ルイスと同い年くらいで、ブランコを漕ぐでもなく、木の枝で地面に何やら線を引いていました。ルイスは不思議に思いながらも、もう一つ空いている方のブランコに立ち乗りしました。麦わら帽子の子は、ルイスが来たのに気づいて、しばらくじいっとルイスが立ち漕ぎしてキコキコ揺れているのを見ていました。
この子は何がしたいんだろう。そう思って少し笑いかけました。日本人ってのは僕らより喋らなすぎるんだ、とルイスはいつも思っていました。すると、麦わら帽子の子は悪戯っぽく笑うと、木の枝を放って、座ったまま漕ぎ出しました。
「どっちが高くいけるか、しょうぶだね!」
ルイスはなんと言われたのかわかりませんでしたが、どうしてか面白くなってきて、一緒になって高く高くブランコを漕いでいました。
「立ってる方が高くなる!」
「座ってる方が危なくなーい!」
二人の子供の笑い声が、小さな公園に響き渡ります。
珍しくルイスの楽しげな声を聞いた神父様が外へ出ると、汗だくの二人が今度は地面に絵を描いていました。
「君たち知り合いかね?」
神父様がルイスに英語で語りかけ二人の上から覗き込むと、子供たちは大きな影の中で、きらきらとした顔を上げました。
「いいえ、神父さま。僕、この子の言ってること全然わかんなくって、でも楽しいから一緒に遊んでるんです」
「神父さま、この男の子の名前が知りたいんだけど、聞いてくれませんか?」
麦わら帽子の子供が顔を上げると、神父様は帽子の上からポンと頭を撫でて、二人にわかるように日本語と英語でこう言いました。
「君たちはいい友達になれるよ」
神父様が出してくれた麦茶を飲みながら、二人の子供は見慣れない、聞き慣れない言葉に悪戦苦闘していました。
「るいす」
「ユーキ」
「ウンウン、なかなか良いね。挨拶はわかるかい」
「はろう?」
「コンニチハ?」
神父様は鏡のように首をひねりあう二人の子供を見ると、アッハッハ、と大きな口を開けて笑いました。
「挨拶ができて、ありがとうとごめんなさいも言えるから完璧だ。あとは簡単さ、たくさん遊びなさい。そしたらもっとわかるようになるよ」
神父様の言う通りでした。彼らは、毎日のように教会へ来てはいろんな遊びをしたり、本を互いに読みあいっこをしたりしていました。そうするうちに簡単な言葉は話せるようになって行きました。
ブランコに乗ってからは、いつも交互に言い合いをしました。
「SWING」
「ブランコ」
「SKY」
「そら」
「BLUE」
「あお」
「LEWIS」
「ルイス……ってねぇ!」
二人の楽しそうな大笑いはいつも公園に響き渡っていました。
遠く離れた日本という国で新しい友達ができたことが嬉しくてたまらないルイスは、家に帰るとおばあちゃんに新しいお友達の話をしました。夕方になるとおばあちゃんはいつもピアノに向かっていて、ポロポロとなんでもない曲を弾いているので、ルイスは椅子を引きずってその隣へ行きます。
「ねぇねぇ、おばあちゃん、今日は一緒に歌を歌ったんだ! 僕も知ってるきらきら星。ユーキがね、日本の歌詞を教えてくれて、僕も英語の歌詞を教えたんだよ」
「きらきら星、良いわね。おばあちゃんも大好きよ。ルイス歌ってみてくれる? おばあちゃんが弾いてあげるわ」
八月も半ばを過ぎたある日、ルイスとゆうきは教会の近くのお池のそばに遊びに来ていました。神父様との勉強会の成果もあり、頭の良い彼らは、会話をするのに困ることはほとんどありませんでした。本当に親友だと言えるくらい、彼らはとても仲良しになっていたのです。きらきら光る小石を探して集めながら、いろんなことを話していました。
「へえー! じゃあ、ルイスもピアノ好き?」
「うん、好き。ほんとは習ってるんだ。ユーキは?」
「好きだよ。歌の方が得意だけど」
「じゃあさ、今度、僕のおばあちゃん家に遊びにおいでよ。そしたら一緒にできるし」
「うん……」
ゆうきはどこか寂しそうに返事をしました。ルイスはその様子が気になって地面から目を離し、ゆうきの方を見ました。
「どうしたの?」
「パパとママがさ、もうおうちに帰んないといけないって、言ったんだ」
「えっ!」
「大人ってさ、いっつも勝手だよ」
ゆうきは平べったい石を拾って、お池に向かって投げました。空色の水面をパシャ、パシャ、パシャ、パシャン、と石が跳ねていき、沈みました。ゆうきを見つめたままのルイスは、悲しげに眉を下げていました。
「ユーキ、もういなくなっちゃうの?」
「うん……。あ、でも、帰るのあさってだから、明日は遊べるよ」
「そっか。じゃあ、明日は一緒にピアノしようね」
今までの様にきらきらとした笑顔で約束をすることができず、二人は静かな指切りげんまんをしました。
次の日、いつも通りの昼下がり。教会の公園で待ち合わせをした子供たちは、覚えた言葉をなんどもなんども繰り返しながら、ルイスのおばあちゃんの家へと歩いて行きました。ルイスは、今日が来なくって、ずっと昨日までだったらよかったのに、と思っていました。初めてできた日本の友達は、ルイスの親友になっていたのですから。
きらきら ひかる おそらのほしよ
「まだ明るいよねー」
「教会だったら暗くて夜みたいだけどねー」
「ねー。でもさ、ブランコ乗ってたらたまにお月様見えるの」
「うん。こないだ図鑑で見たんだけど、昼にもお星様って出てるんだって」
「へえ! ユーキ物知り」
「本好きだから」
「そうだった」
おばあちゃんの古いピアノを借りて、二人はいろんな曲を歌いました。時々、いつもみたいにペチャクチャおしゃべりもして、二人は今日が最後の日なんてすっかり忘れていました。
日が傾いて、空がオレンジ色になってきた頃、ルイスのおばあちゃんが紙の入れ物に入った大きなものを持ってきました。
「お二人さん、もっときらきらしたきらきらぼしを聞かない?」
おばあちゃんがにっこりして、古い蓄音機をポンポンと叩きました。おばあちゃんが持ってきたものは、レコードでした。
「きらきらのきらきら星?」
「なにそれ?」
ルイスとゆうきは興味津々です。二人ともピアノの椅子から降りると、少し離れたところでおばあちゃんの様子をうかがっていました。
「これはね、昔おじいちゃんとイタリアに行った時に買ったのよ」
おばあちゃんはレコードを蓄音機に置くと、掛けた眼鏡をぐい、と鼻に押し付け、針がまだ使えるかどうかを見ました。
「古いね」
「ええ、そうねぇ」
「これおじいちゃんのレコード聞くやつでしょ?」
「そうよ。さあ、ルイスもユーキくんも、こっちにいらっしゃい」
言われた通りに、二人は蓄音機の側へと行きました。
おばあちゃんが持ってきたのは、モーツァルトの「きらきら星変奏曲」でした。ルイスもゆうきも最初は流れる音楽に合わせて、さっきの様に歌っていましたが、途中から二人は口をあんぐり開けて聴き入ってしまいました。
「本当にきらきらのきらきら星だ」
「すごい」
二人は聴き終えてからも、驚きを隠せない様で、おばあちゃんにたくさん質問していました。誰が弾いているのか、誰が作ったのか、おばあちゃんは弾けるのか、楽譜はあるのか。ルイスとゆうきは気になったらとことん知りたがるのでした。だから、彼らは仲良くおしゃべりができる様になったのです。
「バイバイだね」
「うん……」
辺りが暗くなって、ゆうきのお父さんが迎えにきました。ルイスは玄関で泣きそうになりながら、ゆうきと握手していました。
「さみしいね」
「うん」
すると、ルイスの肩に手を置いていたおばあちゃんが、二人の様子を見て優しく言いました。
「あら、二人ともお手紙を書いたらいいじゃないの」
二人はまたあんぐりと口を開けました。悲しそうな気持ちはどこへやら、二人は目をらんらんを光らせます。
「なんで気づかなかったんだろう! ね、おばあちゃん! ペンと紙!」
「本当だよ! パパ、うちの住所わかる?」
二人は泣き笑いでぐちゃぐちゃになりながら、自分たちの家の住所を書いて、交換しました。
「いっぱい書くね」
「うん! ぜーったいに送るね。英語も勉強するよ」
「僕も、日本語もっとがんばる」
小さな二人の手のひらが、ハイタッチで重なり合い、パチンと光が跳ねるような音がしました。
「ずっと、ともだちだね!」
(2019)