8. 監督生と評議会

 シャルルがラナクス学園に転校してきたおよそ一ヶ月後、九月末。学園内のがらんとした広間に集まった学生はみなマントを羽織り、胸に寮の色と数字の書かれたバッジを胸元につけていた。シャルルが初めてこの場所に入った数週間前には、全寮の学生と教職員がいたが、今はせいぜい三十人ほどしかおらず、広間の大きさを改めた感じた。シャルルの隣にたっているヴィンスは、同じ緑寮の上級生と声を落とした話している。聞こえてくる単語が「公爵」だの「後継者」だのという単語から、シャルルには理解が及ばない貴族の話をしていることはわかった。気にはなるが、あまり個人情報に首を突っ込むのも憚られて、手持ち無沙汰に立ち尽くすほかなかった。
「リーヴス」
 肩を叩たかれてシャルルが顔を挙げると、今日この場に呼びつけた当の人物、監督生のクロエだった。
「大丈夫か? 顔色悪いぞ?」
「あ、はい、大丈夫です。ちょっと、緊張してるのかも」
「そんな緊張するもんでもないけど……まあ、初めてなら仕方ないよな。これ制服に付けとけ」
 クロエがシャルルを安心させるように背中を数度叩くと、シャルルの手のひらに小さなバッジを落とした。他の学生がしているものと同じような形をしている。銀色のフレームの内側はステルクスだから緑色で、数字は「3」と書かれていた。
 シャルルは言われるままにバッジをつけて、クロエがヴィンスや他のステルクス生にも同じようなものを渡しているのをぼんやりと眺めた。

 シャルルが戸惑いながら大広間に来た、その数時間前のこと。
 学園の生活にも少しずつ慣れてきた彼は、寮のカフェテリアで朝食を食べ終えて授業の準備をした後、ヴィンスと一緒に寮を出た。風がより一層冷たくて、九月とは思えない寒さだ。
「うう、凍りそう……」
 風が吹き付ける寒さにシャルルが肩を震えさせると、ヴィンスが少し驚いたようにシャルルを見てから微笑む。
「君はこの寒さに慣れないよな。マントを羽織ってたほうがいいんじゃないか? 取りに帰る?」
「ううん、大丈夫。今着たら冬の寒さに耐えられる気がしないから」
「それもそうか。でも、風邪をひかないようにしないと」
 二人が早足に北棟の歴史の教室へと向かっていった。
「学園に魔物が出たんだって‼︎」
「やっぱり、あれ本物だったんだ。怖いね……」
「あの生徒は魔物に操られてたって噂だよ」
 教室に入ると、赤寮の生徒たちがそんなふうに噂していた。
「君が倒れた件の話かな」
 一緒に来たヴィンスが顔色を変えずに耳打ちした。一方のシャルルは「魔物」という言葉に少し血の気が引く心地がした。それに気がついたヴィンスが大丈夫かと声をかけるのとほぼ同時に、近くの赤寮生の噂話が聞こえてくる。
「ロイたちの仕業じゃないか?」
「今日も授業来てないし、あいつリーガフレド出身だし、怪しいよな」
「おい、ラデクに聞こえると面倒だぜ」
 噂好きな赤寮生たちがちょうど入ってきた男子生徒二人を見て口をつぐんだ。端正な顔に気位の高そうな笑みを浮かべているヘーゼル髪の生徒はリチャード・マクドネル、その後ろについて入ってきた赤髪の目つきの鋭い生徒はラデク・ダンヘルだ。彼らは何かとヴィンスに嫌味なことを言うので、シャルルとしてもあまり良い印象がない二人だった。
「魔物が出たんだそうだね。ステルクスの方々が呼び寄せたんじゃないか?」
 リチャードが赤寮生に対して尋ねるようにそう言うと、くすくすと周囲にさざなみが広がる。
「ご立派な『魔法』が使えるだろうな。特に取り替えられた貴族の子供とか、離島の出身とか」
 わざとシャルルたちを見てラデクが言う。シャルルがちらりと隣を見ると、ヴィンスも、同じ寮生のカミーラもアルレットも、何も聞こえていないかのように振る舞い、教科書を開いている。彼らに向けて嘲笑を含んでラデクは言葉を続ける。
「否定もしねぇってことは、リチャードの言う通りか?」
 シャルルは否定をしようと顔を上げたが、何も自分の喉からは声が出てこない。反論すらできない自分が情けなく思えて俯いた。
「何をしているのかな」
 ジュネット先生がタイミングよく現れて、開いたままの教室のドアを後ろ手に閉じた。微笑んでいるが、リチャードとラデクに向けて厳しい目線が投げられている。リチャードが姿勢を正して先生に向き直る。
「おっと……先生。リーヴスは転校生なので去年までの授業の内容を教えていたんですよ」
「その心がけは良いけれど、もう授業開始の時間だ。私が来る前に、君たちは着席しているべきだね」
 軽く舌打ちしたラデクと、取ってつけたような笑顔のリチャードは先生に注意され、他の赤寮生が彼らのために空けていたであろう席に腰を下ろした。
「……リーヴス、大丈夫かい?」
「は、はい」
 シャルルに優しく声をかけるジュネット先生は、微笑むと黒板の前へと向かっていく。その様子に女子生徒たちが密かに「やっぱり素敵な先生ね」「緑寮にも優しいなんて」などと話している声がシャルルの耳に届く。一部の生徒に人気があるのはこれまでの生活でわかってはいたが、こうもあからさまだとジュネット先生の気遣いも好意的に受け取れなくなってしまう気がした。
「さあ、前回の授業の続きから進めますよ。教科書は七十三ページを開いて」
 今日の範囲は偶然にもミラトア王国が初めて魔物に勝利した戦いの話であった。ジュネット先生は生徒たちが教科書を用意したことを確認すると、真剣な表情で話し始める。
「ミラトア・ケーロスの戦いは王国史を語る上で最も重要なことの一つですね。トーリス三世王の治世については前回の授業で進めたように、魔物、いわゆる虚国からの侵略者たちが記録され始めるようになった時代でしたね。ケーロスは現在も王国の南西に存在する島国ですが、その当時から魔物が多く存在している国です。では、最初のミラトア王国とケーロスの戦いがなぜ起こったのか」
 手をあげた生徒に気がついてジュネット先生が頷いて発言を促すと、当てられた生徒が答える。
「ケーロス軍が王国の領土を得ようとして、王国民をたくさん殺したからです」
「その通り。正式にはケーロス軍を含む魔物の軍勢の侵攻です。とても痛ましい事件ですが、先のトリアノス紛争においても記憶に新しく、国同士の争いというのは非力な国民が犠牲になって始まることが多い。そのようなことを防ぐためにも、王国軍や公安が存在しているということです。この魔物との最初の戦いが重要であるのは、初めて魔物の詳細な記録がなされているところにあります。彼らは魔力が非常に強いことと引き換えに、私たちとは違い、人ならざる姿を持っています。例えば、この教科書に記述されているように、水牛のような角のある頭に巨大な人間の体を持っているものや、鴉のような羽が腕の代わりに生えているものなど」
 ジュネット先生が説明を続けていく中、シャルルは教科書の写真をぼんやりと眺めたまま、父レイモンドのことを思い出していた。
「……連合軍が再びこちらに攻めてくるかもしれない」
「じゃあ、あなたが従軍する予定の船は」
「おそらくそちらに向かうものだろうね。でも心配ないさ、ただの調査だ」
「調査って言ったって、この間も研究班の事故があったじゃないの」
「大丈夫だよ、ミニョン。王国軍は強い」
—— 何度か聞いた父さんと母さんの会話はきっと魔物の調査に関することだったんだ
 父さんの死が伝えられる一ヶ月くらい前から、母さんは幻聴や幻覚に悩まされるようになって、頻繁に怯えるようになっていた。
「いやよ、いや、こないで、こないで……!」
「ママ、僕だよ、僕の目を見て!」
「虫が……大変よ、シャルル、にげて……レイモンド、助けて!」
 虫なんかいるはずもないのに、しきりに自分の腕やシャルルの肩を払うような仕草を繰り返すようになり、それからすぐに母さんは病院に運ばれた。
—— 父さんが戻ってくれば母さんはすぐ良くなると思っていたんだけどな……
 医師である父は生きて戻ることはなく、勲章だけがシャルルの目の前に帰ってきた。同じように戻ってきたはずの肉体は棺の中に花に埋もれ、その顔を見ることは許されなかったのだ。もはやあの棺の中におさまったものが、父の亡骸なのかすら怪しいと思わずにいられない。
「……ミラトア・ケーロスの戦いでは、トーリス三世率いる王国軍が見事ケーロスの軍勢を制圧し、約百年ほどケーロス周辺をミラトア王国が支配することになりました。この戦い以降、王国内外の『門戸もんこ』と呼ばれる虚国からの侵入が考えられる場所は閉じられる法が定められました。そして、今日の『門戸の日』は王国に多くの魔物が侵攻してきた四月四日に定められたのですね。この一連の流れは非常に重要であるため、しっかり覚えておきましょう」
 ジュネット先生が黒板に書いている年表を写しながら、シャルルは人知れずため息をついた。
 いつも通りな歴史の授業が終わってすぐ、チャイムが鳴るのを見計らっていたかのように、緑寮の監督生が教室へ入ってきた。
「クロエ、どうした」
 ジュネット先生が気づいて声をかけると、クロエはシャルルとヴィンスの二人を指差す。
「うちの呼びにきました」
「ああ、今日だったな」
「はい。……あ、二人とも寮にマント取りに戻れよ。正装じゃないといけないから」
 先生と寮長が話す内容に何のことか全く見当がつかず、シャルルとヴィンスは顔を見合わせた。

「シャルルとヴィンスもいるじゃーん!」
 大広間に明るく響くウィルの声にシャルルの意識が現実に引き戻される。シャルルと同じようにマントの胸元にバッジをつけているが、ウィルのものは青色だ。
「ウィルも評議員になんだな」
 肩を組まれそうになるのを避けながらヴィンスがそう言った。ウィルは行き場をなくした手をそのまま自分の後頭部に回して苦笑する。
「やりたがる人いなくて、俺になったんだけどさ〜、そっちは女の子いないんだね」
 ウィルが不思議そうにいうのはもっともで、クロエが言うには通常、評議員は三年生以上で各寮各学年二人ずつ尚且つ男女のペアが選ばれるらしい。しかし、シャルルと同学年の女子二名—— カーミラとアルレットは今年大事なコンテストを控えているため辞退したそうだ。その旨をシャルルが伝えるとウィルは納得したように頷く。
「そうなんだ! てか、シャルル顔色悪くない? だいじょーぶ?」
「なんともないよ。さっきクロエに同じこと言われたけど……」
「鏡貸そっか?」
「ううん、大丈夫だよ、ありがとう」
 ジャケットの内ポケットから手鏡を差し出そうとしてくるウィルをの手を制止して、シャルルは慌てて首を振った。ヴィンスがその様子を見て感心したように「用意がいいな」とウィルに言う。
「俳優たるもの、身だしなみはいつもちゃんとしてないとだろ〜?」
「え、ウィルって俳優なの⁉︎」
「言ってなかったっけ?」
 一ヶ月そこらでは友達が何をしているかなどわからないものなのか、と驚きつつシャルルは再び首を振った。
 一人、また一人とバッジをつけた生徒が広間に集まってきて、赤寮の監督生であるレオナード・サマセットは手を叩いて生徒たちの注目を集める。「あれ、俺の兄さんね」とシャルルに耳打ちするウィル。また驚いて目を丸くするシャルルに二人の友人は破顔した。
「そろそろ始めるぞー。……ジェラルド、ソンはどうした」
「あー……ロイは辞退したので、リチャードが代わりにきます」
 金髪を顎の辺りで切りそろえたボブヘアの女子生徒は赤寮の監督生からバッジを受け取りながら、気だるげに答えた。
「マクドネルか。まあいい。一緒に来なかったんだな」
「評議会に必要な資料をとりにいってます。オークス先生に頼まれて……」
「お待たせしました」
 示し合わせたかのように、リチャードが得意げな表情で箱をいくつか浮かせてやってきた。あまりに重そうなものを一度に運んできているために、何か魔法道具を使っていることは明らかだった。それを見た青寮の監督生であるノーランドは苦笑しつつ受け取る。
「資料を持ってきてくれてありがとう。だが、教室外の移動で魔法道具を使うのは次からは控えるようにね。一応校則だから」
 一瞬表情を崩したリチャードだが、シャルルたちもいることに気がついたようで、咳払いをして「気をつけます」と微笑んで答えた。
 サマセットが周囲を見渡してから、壁際に立っていた先生に会釈する。
「みんな集まったところだし、始めようか。ファン先生、よろしくお願いします」
「おう。まず、俺の授業に出てない子たちに自己紹介をしようか」
 呼ばれて前に出てきた先生は、シャルルが転校してきた初日に少し声をかけてくれた人だったことを思い出す。シャルルを見つけて、ファン先生もそれに気がついたらしく、ニッと口角を上げた。
「俺はファン・ジョンウ。技術魔法と生徒指導を担当している。昨年度から評議会の監督教師だ。評議会は学生主導の自治組織だから、俺は君たちにほとんど全て任せる。何か大人や教師の手が必要な時に助けるから、気軽に声をかけてくれ。基本的に監督生を頼りにしろよ。んじゃ、あとは好きに進めてくれ」
 軽く手を上げて進行を監督生に丸投げすると、再び壁際へと戻って適当な椅子に腰を下ろした。本当に何も口出しする気はないらしい。咳払いをしてサマセットが話を続ける。
「今回は新学年の評議会の顔合わせってことで集まってもらった。みんな、評議員のバッジは渡されているな? いつもそれを制服につけていてくれ」
 顔合わせだけかと安心してシャルルが少し肩の力を抜いたところで、リチャードが持ってきた資料レジュメがシャルルの手元にも配られた。今日の日付が書かれた表紙付きで数枚の紙が束ねられている。開いてみると、「評議員の基本」や「生徒代表としての心得」などと書かれている。
「資料も渡ってるな。適当に最初の数ページを見ながら話を聞いてほしい。例年、評議員の仕事は学園内に秩序を保つための生徒による自治活動だ。基本的には、校則を守るように注意したり、生徒間のトラブルがあれば先生に報告しにいったり、場合によっては監督生の手伝いのようなこともしてもらう。生徒の意見を集める場としての評議会を今日みたいに定期的に行うので、各寮の監督生としっかり連絡を取り合うように」
 サマセットは他の生徒がついてこれているのか確認するように見回すと、数度頷いてからノーランドに目線をやる。微笑んだノーランドが一歩前に出るとシャルルを含めた生徒たちの視線が集まる。
「本題は僕とシュウが続けよう」
 上背もあり少し威圧的な見た目のサマセットとは違い、髪も長く線の細い体型で中性的なノーランドだが、立ち居振る舞いは二人とも騎士的なものだ。シャルルは噂に聞く二人が有力貴族の子息だというのを間近に見て納得した。明らかにシャルルが島で交流していた人たちとは違うし、隣で冊子を読んでいるヴィンスも貴族だというが監督生たちは少し異なる印象を持たせる。一挙手一投足が上品という感想をノーランドたちに抱かずにはいられない。
「資料の最後二ページ分を見ながらアランの話をよく聞いててくれよ〜。わかんないとこがあったら、後で俺に聞きに来な」
 一方で、杖の先についた石をいじりつつ、眠そうに話しているクロエにはシャルルは親近感を覚えていた。そんな同期に微笑みを向けると再びノーランドが口をひらく。
「単刀直入に今回の評議員の任務を説明すると、生徒指導だ」
 上級生の、おそらくは何度も評議員をやっている生徒たちが不満そうな声を上げるが、ノーランドが軽く片手を上げると皆静かになった。
「面倒なのは理解できるけど、今回は事態が特別なんだ。資料の赤線で囲んでいるところを見てもらえるかな。六ページ目だよ」
 言われた通りに資料の六ページを開いて、目立つように赤い枠に収まっている文章を読んでシャルルは息を呑んだ。以前の生徒が亡くなったという事件についてだ。シャルルはディキンズ先生に言われた通り、ヴィンスやウィルにも口外することなくこの日まで来ていたが、噂が広がっているためか、学園はついに生徒たちに周知させることにしたようだ。評議会に集まった学生もざわついている。ノーランドは咳払いをして続ける。
「残念ながら先月あった事件での被害者になった学生は、中央病院に運ばれたのちに死亡が確認された。冷たいと思われるかもしれないが、どうか気持ちをそちらへ入れ込みすぎないでほしい。僕たち監督生と評議会は、この事件に関連して広がっている噂への対処を行うように指示されている。みんな知っての通り、魔物の仕業だという噂や、特定の能力を持つ学生を陥れるような噂だ」
 ちらりとリチャードがシャルルとヴィンスがいる方へ冷たい一瞥を投げてくる。シャルルはそれに気がついたが、どうにも居た堪れなくなり、手元の資料に視線を落とす。
「まず、この学園の警備や施設の構造上、魔物が侵入することは不可能だ。そして、特定の能力を持つ人物が魔物と同じであるとみなす行いは人権侵害行為で、つまり王国法に反する。根拠のない噂話を流して不安を煽るような言動をしている学生を注意し、場合によっては先生方へ連絡するのが、評議会に任された仕事だ……ここまでが今回の連絡事項だけど、良いかな?」
 資料に目を落としたままシャルルは小さく頷いた。開いたページにはニウェース聖区にある施設は全て、虚国を含み外部からの侵入を防ぐための大規模で複雑な保護魔法がかけられていることや、魔物の侵入経路となり得る「虚星うつろぼし門戸もんこ」と呼ばれる場所は王国軍と公安省によって厳重な管理がされている旨が記されている。
「では、同学年の評議員はここで軽く挨拶をして各自解散としよう。同じ寮のものはそれぞれ戻ってから確認しておくこと。質問があるものはここへ残ってクロエに聞いていってね」
 ノーランドがそういうと、サマセットが各学年が集まる場所を簡単に指定し、シャルルとヴィンスは、ウィルやリチャードなど同じ三年生の評議員たちと顔をあわせた。
「軽く自己紹介しておしまいにしよっか」
 ウィルが場を和ませるような笑みを浮かべて見回す。シャルルとヴィンスが頷くと他の生徒たちも同意するように頷いたが、リチャードは名状し難い表情で腕を組んだまま何も言わない。
「えーと、じゃあ俺からね。ウィリアム・サマセット。赤寮の監督生レオナルド・サマセットの弟です。ロゼア出身で趣味は劇場のレア音源を集めること! はい、次」
 そう言って隣に立っている青寮の女子生徒の方を向いて順番を振る。彼女は大きな目を数度ぱちぱちと瞬かせてから淡いブロンドの前髪を整えるように少し触ってから口を開いた。
「ポーラ・シモン。出身はサシュゾン。あたしの好きなものは、んー、キラキラしてる可愛いもの」
「よろしく、ポーラ。じゃあ、次は……」
「赤寮のリチャード・マクドネル。ポムファ州マクドネル伯爵領出身。以上だ」
 進行してくれているウィルがシャルルたちの方を向いたためか、リチャードが喰い気味に自己紹介を簡潔に終わらせる。もう一人の赤寮の女子生徒はそれに呆れたような目線を投げかけてから、ため息をついた。
「エミリア・ジェラルドです。外部のイタリアって国から来ました。よろしく」
「あ、君って特別生だったんだね。よろしく〜。じゃあ最後はステルクスの二人」
 当てられるのにドキドキとしていたシャルルはウィルの笑顔を向けられて急に言葉は出ず、もごついていると、ヴィンスが先に自己紹介をしながら、シャルルの背中をこっそりと支えた。
「僕はヴィンセント・グレイ。出身はロゼアだ。一年間、評議員としてよろしく」
 シャルルに目線を向けて軽く頷いたヴィンスの優しさにほっとして、シャルルはやっと口を開く。
「シャルル・リーヴスです。アルカンナ島から転入して、わからないことが多いけど、頑張ります」
 なんだか恥ずかしさに顔が赤くなっているのを感じて、シャルルはお辞儀をするように顔を隠した。

◇◆◇

 休日を迎え、生徒たちが思い思いに過ごしている昼下がりのラナクス学園。その敷地内、白樺の森の入り口に近い場所に静かに佇む教会の内部で、常ならばあるはずもない大きな音が建物内に鳴り響く。大きな何かが割れたような音に、その時、業務に当たっていた数名の術師たちと、祈祷の準備を行なっていた寺院の管理者——ウォレン・カルマン主卿は驚いて音がした場所へと駆けていく。
 誰よりも早く物音がした部屋に辿り着いたカルマン主卿はその光景に言葉を失った。
「主卿! お怪我はありませんか」
 後からすぐにきた術師の一人が扉の前で立ち尽くしている背中へ声をかけると、主卿は蒼白した顔で振り向く。次々と走ってくる他の術師たちにも聞こえるように主卿は声をあげた。
「聖鏡が割られている……!」

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