ラナクス学園の生徒たちが待ちに待った星祭りの当日、シャルルは外の騒がしさに目を覚ました。毎年恒例、十月十日の花火の音だ。王国ではこの日を祝日としていて、天帝を祀る「天帝祭」が王国全土で行われ、日中からあちこちで花火があがる。シャルルの故郷のアルカンナ島でも、天帝祭という名称ではなかったが、この時期には花火大会が行われていたため、それほど驚かなかったが、やはり大きな音というのは苦手だ。机の上に置いていた、数日前にリリから送られてきた手紙を目の端に眺めながら耳栓を探す。
シャルルへ
今年は花火大会の日に一緒にいられないから、代わりにこの前家族とやった花火の写真を送るね。この前シャルルのおじいちゃんが送ってって、小さい花火のおもちゃをくれたから入れたよ。自分で送ればいいのにね、恥ずかしいみたい。
シャルルは花火の音が苦手だから、今年は私がいなくて大丈夫かなってちょっと心配してるよ。学園の方では花火大会はしないの? もしあったら耳栓を忘れずにね! 遠いから冬休みは帰ってこれないんだよね? ちょっと寂しいんだけど、手紙で我慢するね! 早くシャルルに会っておしゃべりしたいよ〜
リリ
引き出しの中から小さな箱を取り出してシャルルは両耳にミント色の耳栓を差し込んだ。去年、シャルルが祖父からもらった魔法の耳栓は、人の話声はちゃんと聞こえるが花火のような大きな物音は抑えてくれるという優れものだ。
「おはよう……」
珍しくシャルルより後に起きたヴィンスが目をこすりながらあくび交じりに言う。左の前髪がぴょんと跳ねているのが面白くて少し笑って答える。
「おはよう。ヴィンス、寝癖ついてるよ」
「……ありがとう」
眠そうな顔のまま、ヴィンスは部屋の壁にかけてある姿見を覗き込んで髪を櫛でとかす。静かに身支度をしていきながら目が覚めてきたのか、しゃきっとしたいつもの表情になった。いつもシャルルの方が起きるのが遅いため気づいていなかったが、ヴィンスの寝起きは普段と違ってかなりのんびりした様子らしい。
「あれ? 耳栓してるんだね。花火がうるさすぎる?」
シャルルの耳に気が付いたらしく、ネクタイを締めながらヴィンスが尋ねた。頷いて答えると苦笑してヴィンスが自分の机から薄い冊子を手に取って眺める。星祭りに向けて上級生たちが作ったらしく、どんな出し物があるのか、一日のプログラムを書かれているものだ。
「見てまわりたいものとかある? 一応、僕たちは評議員だから、みんなの様子を見に行かないと行けないんだけど」
あくびまじりにヴィンスが言ってシャルルにプログラムの冊子を渡した。少し前に読ませてもらったが、シャルルにとってどれも新鮮に見えた。
「特別ないかな……とりあえずヴィンスが気になったところに行こう」
「わかった。お祭りの日なのに、今日も天気が良くなさそうだね。暖かくしていこう」
窓ガラス越しに、重たい雲が垂れ込めている空を見上げる。先週から続いて天候が優れず、今にも雨が降りそうな雰囲気だ。気のせいかもしれないがシャルルは少し体が重たいように感じていた。
二人は身支度を終えて、マントをしっかりと被って寮の外へ出た。冷たい風が日毎に強まっている。シャルルはぶるりと肩を震わせてから校舎の方へとヴィンスと共に早歩きに向かった。
校舎の中はあちらこちら天帝祭の装飾で彩られていて、廊下の隅や、空き教室でも生徒たちが魔法を使った出し物をしたり、楽器を演奏していたりとかなり活気のある様子だった。シャルルはどちらへ行こうかと見渡していると、見覚えのある後ろ姿があった。
「あ、ウィルだ」
シャルルがそう言うと、ヴィンスも気がついてウィルに声をかける。歩み寄ってくる二人に気がついた彼は、いつもの明るい笑顔で手を振って答えた。
「二人とも見回り中?」
「そうなんだ。ウィルもか?」
「まあ、そんなとこ。メア、挨拶してー」
上級生が出店に並べているアクセサリーを見ていた少女が、ウィルに肩を叩かれて振り返る。可愛らしいリボンを髪に二つ着けている少女は、ふわりと揺れる髪を耳にかけて、にっこりと笑顔を見せて軽くお辞儀をした。幼なげに見えたが、しっかりしているようだ。
「ウィル兄様のお友達? ウィル兄様の妹のメアリーです」
「初めまして。シャルルだよ」
「ヴィンセントだ」
ウィルとシャルルたちを見比べて少し驚いたように首をちらりと傾げる。
「ステルクスのお兄様たちなの?」
「そうだよ。この前ちょっと話しただろ」
兄からそう言われて、頬に手を当てて考える仕草をしたところで、彼女の名前を呼ぶものがあった。
「メアリー!」
遠くから手を振っている女生徒が数人。メアリーはそちらに答えて一度手を振ると、ウィルとシャルルたちに向き直って、スカートの端を摘んで可愛らしくお辞儀をした。
「お友達に呼ばれたから行くわ。またね、ウィル兄様とステルクスのお兄様たち」
軽やかにスキップをするように去っていった妹を見て、ウィルは自慢げに微笑むと腕を組んでシャルルたちをみる。
「いい子だろ〜」
「兄妹が大好きなんだね」
赤寮長のレオナードのことをウィルはとても慕っていることを思い出してシャルルがそういうと、ウィルは少し目を丸くしてから、満面の笑みになって頷いた。
妹の付き添いをしているつもりだったウィルはシャルルたちと一緒に行動することにしたらしい。特に目的もなくブラブラ歩いていた三人は、魔法を使った大道芸を行うという上級生たちに捕まって中庭にやってきた。
「さあ、見ていった! 中庭のステージでこれからフォルツォの剣舞が見られるぞ!」
「去年の武神祭で舞手を務めたベアトリース・シモンだって!」
「演出は学園きっての芸術家モーリス・ブラックウッド! 前の方にいかないとおもちゃは取れないぞ!」
シャルルたちの肩を叩いていく煌びやかな衣装に身を包んだ生徒たちが、楽しげに宣伝文句をうたいながら中庭を飛び跳ねるように駆け回っている。許可を得た生徒だけだが教室外で魔法を使うことを許されているため、あらゆるところで様々な色の花火が上がるし、音楽もたくさん流れている。シャルルは耳栓なしでは疲れ果ててしまっていただろうな、と内心苦笑しながら、ヴィンスとウィルと共に出店の間を縫って歩く。
中庭の中央には円形の舞台があって、それを囲うように出店がいくつかある。頭上には星のオブジェや天球儀のようなものが吊るされており、建物の中も外もお祭りの雰囲気に満ちている。出店の内の一つに生徒が数人立ち止まっていたので、ウィルに引っ張られてシャルルとヴィンスもその列に並ぶことになった。
「何のお店?」
シャルルが人混みの隙間から覗いて見ようとすると、三人の中で一番背の高いウィルが背伸びをして答える。
「アクセサリーっぽい。舞台で使えるかも」
「職業病だな……」
ヴィンスが呆れつつも感心したように呟く。前の生徒が嬉しげに小さな巾着を持って立ち去って行った時に、シャルルはようやく出店に何があるのかを確認することができた。並んでいるのは、小さいながらも綺麗な石がついたネックレスや、ブレスレット、イヤリングなどのアクセサリーのほか、魔法道具に付けられると書いてあるチャームなどが並べられていた。商品はそれぞれどんな効果があるかを短く書いた紙がそばに貼られている。見た目は男女問わずつけられるようなシンプルな造形なのだが、魔法道具だからだろうか、シャルルはなんとなく禍々しさもある気がした。
商品のレイアウトを整えていた二人の生徒は、赤色のネクタイをしていて、目には同じような眼帯をつけていて、見た目もよく似ているから兄弟なのだろうかとシャルルは思った。看板代わりに立てられている旗には「ダンとキースのマジックメタル」と書いてある。おそらく彼らが作っているのだろう。
「いくらですか?」
シャルルたちの順番になって、ウィルがブレスレットを指して尋ねると、髪が長く背の高い方の生徒が顔を上げてにっこりと言う。
「ブレスレットとネックレスはそれぞれ四十リト、イヤリングは二十五リトだよ」
「チャームは十八リト五十セント!」
背が低く、髪の短い生徒が続けて言った。結構高いんだな、と思いながら見ていると、ヴィンスとウィルが声を合わせて
「結構安いな」
と言うので、シャルルはそれに驚いて二人と商品とを交互に見る。
「え、安い?」
やはり育った環境が違うと金銭感覚もかなり違ってくるのかとシャルルは考えたのだが、口には出さず首を捻っていた。
「……この出来にしては安いなってことだよ」
自分が失言したかのように苦笑いをしてヴィンスがそう言うと、「まあ、普通の感覚からして、確かに高いよな」と背の高い方の生徒が答える。
「俺たちのフォルツォの能力で作ったんだ。素材がちょっと特殊な金属だから高めにしてる」
「よかったら手に取って見てみて。魔力を高めてくれるお守りみたいなもんだよ」
店主の生徒二人が交互にそう言うので、シャルルもウィルやヴィンスと同じように小さなチャームを手に取ってみる。ひんやりした金属の感触が指先に触れたと同時に、甲高い金属が擦れ合うような耳鳴りがして思わず手を引いた。耳栓はしてあるし、周囲を見渡してみても、他の学生がこの音に気がついている様子もない。耳鳴りの余韻に気持ち悪くなって一歩下がってみていると、そのシャルルの様子に気がついたヴィンスが声をかける。
「シャルル、顔色悪いけど、大丈夫?」
「……ちょっと人酔いしたのかも」
二人の会話にウィルも手に取ってみていたアクセサリーを置いて、すぐにシャルルに近寄る。
「え⁉︎ じゃあ、どっかで休もう! また後で見にきます!」
眼帯の生徒たちは「いつでもどうぞ〜」と緩やかに手を振って、シャルルたちを見送った。
中庭から校舎内へ戻ろうとしたシャルルたちだったが、先ほど宣伝していた演舞を見にきたらしい学生たちでごった返しており、なかなか出ていくことができなかった。ようやく廊下へと繋ぐアーチをくぐり、一息ついた三人の目の前には赤寮の評議員であるリチャードとエミリア、それにラデクに半ば腕を引っ張られるようにしてロイもいた。周りにいた他の寮生たちはロイがいることに驚いているようで、「いつもは行事に出ないのに」だとか「ロイがいるの、なんか嫌かも」などと好き勝手に囁いている声がシャルルの耳に届いた。
陰口を言われているが気にした様子もなくロイは小さな巾着を手に持っていた。シャルルと目が合うと急いでそれをジャケットのポケットに突っ込む。何か大事なものなのだろうかと思わずじっとみてしまったシャルルを、ロイはキッと睨みつけてからそっぽを向く。ロイのその様子でシャルルたちに気がついたエミリアが「あ」と声を上げる。
「おやおや、これは三年のその他の評議員様方」
リチャードに話しかけられてシャルルたちは軽く目を合わせる。面倒なことになった、とヴィンスが呟くのを聞き逃さなかったらしいラデクが意気揚々と前に出てくる。
「さすが役者様だな、ウィリアム・サマセット。緑寮の奇人どもと仲良しこよしか?」
「試験でも不思議な力でカンニングでもするというじゃないか。大した勉強をしなくていいのは羨ましいものだね」
ラデクとリチャードが捲し立てることに、顔を赤くしたウィルが一歩前に出て二人に詰め寄る。
「どうして君たちはいつもそういう言い方ばっかするんだ」
「やめておけ、ウィル」
ヴィンスが腕を引っ張って止めに入るが、ウィルとラデクは睨み合ったままだ。どうしたらいいんだろうと、シャルルは慌てたが何も自分にはできそうにない。
「喧嘩するなら私抜きでやってくれない?」
ため息まじりに呆れ顔のエミリアがそういって、シャルルたちの横を通り過ぎ、リチャードたちを置いて先に歩き出した。ぽかんとしていると、再びシャルルの頭に黒板を引っ掻いたような音がつんざく。先ほどアクセサリーを見ていた時と同じような音がして、耳を抑えた。
しかし音は鳴り止まず、耳栓をしているはずのシャルルの脳内を甲高い悲鳴のような音が反響している。その中で低く、唸るような、風のような囁きが聞こえてくる。
『……キケ、ン……』
—— 星天の声を聞いた時と同じだ
シャルルはハッと顔をあげて呼びかけてくる声の方へと振り向く。シャルルたちから離れて、中庭の出店を見ようと歩いているエミリアの頭上に、大きな星形の装飾が落ちようとしていた。
「あぶな——」
「フィグニエ(燃えろ)‼︎」
シャルルを押しのけて叫んだロイがエミリアに向かって駆け出した。落ちようとしていた装飾はロイの叫びと共にあっという間に火の粉と変わり、出店の屋根や看板へと火が移っていく。
「ロイが暴走した!」
「火事よ‼︎」
「どいてどいて!」
混乱した生徒たちがシャルルたちがいる方へ逃げようと傾れ込んでくる。火はどんどんと広がっていく中で、店を出していた生徒たちは腕いっぱいの商品をできるだけ抱えて逃げ惑い、シャルルたちは群衆に押されながらも立ち尽くすほかなかった。程なくしてロイがエミリアの腕を引っ張って廊下へと出てきた。
「……大丈夫か」
「え、ええ……」
「逃げろ」
エミリアをリチャード、ラデクの方へと押しやると、ロイは背を向ける。状況を察知したらしい三人は、シャルルたちには目もくれず一目散に他の生徒たちに混ざり、走ってその場を離れた。
——火を、なんとかして火を止めないと
シャルルの頭にはそればかりが浮かんでいて動けない。そうだ、この間の時はヴィンスがペンデュラムを使って何かしていた。思い出したシャルルは自分のジャケットに入れてあった緑色に輝くペンデュラムを握りしめる。
—— 火を消したい、どうしたらいい? 神様教えて……
星天の声が教えてはくれないだろうか。そう祈るようにシャルルがペンデュラムが手のひらに食い込むほど握りしめていると、指の隙間からきらりとエメラルドの光が漏れる。火の光が反射したのだろうか、そう思ったのも束の間、ぱた、ぱた、とシャルルの頬に水滴が落ちてくる。もしかすると、何かできるかもしれない、そう思ってシャルルは一層祈りを強めた。
「シャルル、逃げないと」
ヴィンスがシャルルの肩を叩くが、彼の手のひらにあるペンデュラムを見て、何か気がついたらしい。それ以上何も言わずにヴィンスはロイへ向かって叫ぶように尋ねる。
「そこに居て大丈夫なのか⁉︎」
「お前らも、どっか行けよ。焼け死にたいのか」
ロイが吐き捨てるように答える。バチバチと火の粉が降ってくるのを気にも留めない様子だ。
「君も逃げなきゃ!」
ウィルがロイの腕を引っ張ろうとした時、轟々と燃え盛る炎が彼らを飲み込むように迫ってくる。
「危ない!」
ヴィンスが起こした熱風が炎を食い止めるが、さらに勢いを増していくばかりで鎮まる様子はまるでない。シャルルは、痛いほどにペンデュラムを握り込んだ。その時、再び耳鳴りに混じって低い声がシャルルへ囁きかける。
『フ、ル……ミズ……』
不意に、シャルルは手の力を緩めて、鎖を掴んだままペンデュラムを重力に従わせて落とす。その刹那、サーーッと言う音と共に、中庭一帯に集中的に降り始めたのは、細かな水滴の数々。
「雨、だ……」
シャルルはふと自分のペンデュラムを見ると、エメラルドの光がキラキラと反射して彼の瞳に映った。もしかして、ディキンズ先生が来てくれたのか、そう思ってあたりを見回すが、ここには自分たちしかいない。ヴィンスは驚きつつもシャルルへと笑みを向け、ロイとその腕を引っ張ろうとしていたウィルは唖然として、消えていく炎とおさまっていく黒煙を眺めている。
中庭だけに振っていた雨は、火が消えたことがわかると自ずから止んだように見えた。舞台も出店も、煌びやかな装飾も全て黒い炭の塊になってしまったのを、四人で呆然と眺めていたら、飛び上がってしまうほどの大声に彼らは現実に引き戻される。
「ソン・ロイ‼︎‼︎‼︎」
ジュネット先生が走ってくる。あの時と同じような状況にシャルルは目を瞬かせる。ジュネット先生はあの時も、ものすごい剣幕でロイを怒っていたっけ。そして同じようにケインズ先生がいて、ディキンズ先生と、それからファン先生も後から走ってきた。
「あっちゃー、これは盛大にやったな。技術魔法の他の先生も呼んでこねえと……」
中庭の様子に苦虫を噛み潰したような顔をしたファン先生は、そのまま踵を返して小走りに南側の塔へと戻っていった。
「君たち怪我はないか?」
ケインズ先生が片膝をついてシャルルたちの顔を覗き込む。彼らは揃って首を横にふる。シャルルがちらりと横目にみると、ジュネット先生に首根っこを掴まれたロイが、親猫に捕まった子猫のように目だけギロリと先生を睨んでいる。ディキンズ先生は瓦礫の山となってしまった中庭の鎮火を確認し終えて戻ってくると、自寮の生徒の顔を見て苦笑する。
「ああ、また君たちか。災難だったな。火はどうやって止めた?」
「雨が降ってきて!」
「シャルルが」
ウィルが半ば興奮気味に言うのを遮るようにヴィンスがちらりとシャルルを見た。
「リーヴスが? 水が使えたのかね?」
「わ、わかりません……」
戸惑いながらシャルルはディキンズ先生に答える。実際、シャルルは「火を止めたい」と神に祈ることしかしなかったため、自分がどうにかしたと断言できるだけのものがなかった。
「今はとにかくこの場から離れた方が良いかと。この辺りも燃えていますから、崩れてきたら危ない」
ケインズ先生が中庭と廊下の間の柱を指して、シャルルたちに注意する。ディキンズ先生もそれに頷くと、「また今度、能力別授業の時に確かめよう」とシャルルの肩をポンと叩いて、ジュネット先生に捕まっているロイを除く三人を立ち去らせた。
シャルルたちは、多くの生徒が逃げていった大広間の方へと歩いていきながら、額を突き合わせて話し込んでいた。
「ねえ、雨ってシャルルがやったの?」
ウィルが興奮冷めやらぬ様子で尋ねるが、シャルルはやはり首を捻ることしかできない。ヴィンスは隣で頷いている。
「あれはシャルルがやったろ? ペンデュラムを持っていたし、雨が降ったのは中庭だけだった。ほら、外は曇りだけど、地面は濡れていない」
そう言いながらヴィンスが校舎の外を指差すので、シャルルとウィルは揃って窓の外を覗く。確かに、芝生に雨粒はついていないし、校舎の壁面も雨で濡れている感じが無い。
「でも……」
「じゃあ、何か考えた? こう、『雨が降りますようにー!』みたいなこと」
ウィルがシャルルを振り返って聞く。それには恐る恐る頷いた。
「どうにかして、火が止まりますように、って思ってた」
「それだ。僕が風を使う時にも、風が吹くようにイメージするから」
「俺も似たような感じかも。『元気になれー』って考えながら能力使うし」
「……そんなので、シエロの魔法が使えるの?」
シャルルは半信半疑に二人の顔を見る。揃って頷くヴィンスとウィルは、シャルルが手に持ったままのペンデュラムを指さす。
「道具があったら魔法が使いやすくなる」
「シエロみたいなやつは知らないけど、魔力を使う時ってイメトレ大事って言うじゃん」
「本当に僕が……?」
やはり自分が雨を降らせたのだとはどうしても信じがたいシャルルは、自分の手のなかにあるペンデュラムを眺める。先ほどのまばゆいばかりの光はなく、柔く光を反射させているだけだ。
「そ、それより、ロイがまたジュネット先生に怒られてたけど、大丈夫かな。エミリアを助けようとしてただけなのに」
シャルルは話題の中心を自分から別のところに変えようと、ロイのことを口にする。二人は顔を見合わせて、そしてウィルが声を落としていった。
「ロイはミデンだから仕方ない」
「え? 能力のことが、どうかしたの?」
「ミデンは、全部の能力が使えるのは、魔物と同じだから嫌われてるんじゃないかな。……それに、ロイは古い門戸がある土地に家があるらしくて、魔物の取り替え子なんじゃ無いかって噂がある」
ウィルがそう説明したのを、「いや、少し違う」と言ってヴィンスが訂正する。
「それはただの噂だろう。ジュネット先生もミデンだから、差別する理由がないだろ? ロイみたいなミデンの生徒は特殊魔術の授業を受けないといけないんだ。その教科担任がジュネット先生だからじゃないか?」
「……特殊魔術の生徒だから、特別厳しくしているってこと?」
「かもしれない。でも、それにしても厳しすぎる気がする。ロイが何か隠しているのを、ジュネット先生は気づいてるんじゃないか? 例えば、何か悪事を働こうとしているとか。あるいは、ロイは本当に魔物だから、この間の星とか月の異変の影響を受けていて魔法が制御できないとか」
推測でしかないけど、とヴィンスは付け足すが、シャルルもそのことについては一理あると思った。ウィルも同じ風に考えているらしく頷く。
「うわ、ありそう。……あの先生があれだけ怒ることもないもんなあ」
「……ロイが持ってたものを急いで隠すのをみたんだ、さっき。その時にまた嫌な感じがしたから、もしかしたら、悪い道具を持ってきてるのかも」
シャルルがつぶやいたのを聞いてヴィンスとウィルは目を丸くした。
「だとしたら、ロイの周辺に注意していないと」
静かに答えるヴィンスの声に、シャルルとウィルは頷いた。星祭りの見回りに戻るため、三人は廊下を歩きながら取り止めもない話を続けた。
学園の北、白樹の森の奥から雷鳴が、重く響いてくる。
