星天の声を聞いた。
シャルルの耳に明確な言葉として届いたわけでもなく、ただ、何かの呻き声とも取れるようなその音を、よもや神々からの声とは思えなかった。教室を出てからも頭を捻っていると、階段の手前でヴィンスがシャルルを振り返った。
「今日の午後の授業の後って、何か用事あった?」
「えっ? 特にないけど、どうかした?」
ヴィンスは少しだけ目を彷徨わせると、再びシャルルの方を見る。
「図書館、行けてなかったから、どうかと思って。さっきのこと調べたいんだけど」
「さっきのって、僕が聞いた声のこと?」
シャルルはヴィンスに駆け寄って、二人で階段を降りていく。自分も気になっている事柄を、ヴィンスも知らなかったことに少し驚いてもいた。尋ねられて頷いたヴィンスは、周囲を気にしたように見回して声を落として答える。
「……本当は、一度だけ僕も聞いたことがある」
先ほどの授業ではディキンズ先生はさも喜ばしいことのように感嘆していたが、どうやらヴィンスにとってはそうではないらしい。シャルルの隣で俯いているヴィンスは少し緊張しているようにも見えた。
「そうなんだ。……どんな感じだった?」
「低い風の音みたいな感じだった。……正直なところ、君も聞こえると知って安心したんだ。家族には気味悪がられて、外では絶対にその話をするなって言われていたから」
ため息を吐き出すように小声で言い切ったヴィンスは、顔を上げてシャルルを見る。ヴィンスが以前から常々シエロの能力が歓迎されていないように言っていた理由がわかった気がした。そういうことに驚いた一方で、シャルルも自分と同じように天界からの声が聞こえる人が身近にいて安心していた。ヴィンスの強張った表情を見て、少し落ち着かせようと思いながら、シャルルは微笑んだ。
「さっき授業で言わなかったのは、そういう理由だったんだね」
ヴィンスは小さく頷いてから、手に持ったままのペンデュラムを見下ろす。シャルルもそれに釣られて自分のペンデュラムを見た。変わらず、緑色にキラキラと輝きを放っている。
「さっき声は聞こえなかったけど、変なものを見たんだ」
「変なもの?」
「月が、揺れていた」
ヴィンスの言葉にシャルルもハッとする。
「僕も見た」
授業の終わりがけに外を見た時、昼間の白い月が不自然な動きを見せた気がしていた。どうやら同じものをヴィンスも見ていたようで、気のせいではないのかもしれないと二人は顔を見合わせる。地球の衛星として、月が一方向に動くのはまだしも、シャルルとヴィンスが見たものは、左右や上下に不安定にグラグラと風に揺られているような月だった。
「気になるんだ。こういうことは神話にはあるけど、実際に観察記録にあったとは聞いたことがない」
「だから、図書館で調べてみようってことだね」
「うん。君も行くかい?」
「もちろん」
シャルル自身も不思議な感覚ではあるが、月が揺れて見えることなど良いことがあるとは思えない。それに加えて、普通は聞こえない天界からの声を、シエロの能力を使って間もないシャルルが聞き取っていることもあり、何か嫌な予感がして仕方がないのだ。階段を降りて、他の学生たちが見えたとき二人は口を閉じて頷きあった。
午後の眠くなる文学の授業を終えて、図書館に行こうとシャルルとヴィンスが北の塔の廊下を歩いていると、向かい側から鼻歌を歌いながら歩いてくるウィルが見えた。向こうも気がついたようで、鼻歌をやめて手を振る。
「お、シャルルとヴィンスだ! ラッキー」
パッと満面の笑みを浮かべたウィルは二人に駆け寄ってくる。この時間はウィルは授業がないと聞いていたシャルルは、彼が一人で何をしていたのかと尋ねた。
「評議会の見回りだよ〜」
肩をすくめたウィルは時計を確認して、もう授業が終わったから自分も終わりだと言った。評議会の仕事なのに、ウィルが一人でいるためシャルルは首を捻る。
「もう一人の子は一緒じゃなかったの?」
「ポーラはなんか勉強しなくちゃいけなくて、俺だけ行ってきてってさ。勉強熱心なのはいいと思うけどさー、まいっちゃうよね。で、二人は?」
「僕たちは図書館へ行くところだよ」
「へぇ! いいじゃん。やっと行ける感じ?」
「ああ。調べ物しに行くがウィルも来るか?」
ヴィンスはシエロの能力自体をあまり他人に知られたくなさそうだったため、彼がウィルを調べ物をするのに誘うとは思わず、シャルルは目を丸くした。ヴィンスはシャルルに目配せして軽く頷く。大丈夫だ、ということなのだろうから、シャルルが心配しすぎるものではないのかもしれないが、それでも気にはなった。
「ん〜? なんか、面白いことしようとしてる感じ? そんなのもちろん行くでしょ」
二人のアイコンタクトに当然気がついたウィルはニヤリとして声を落とす。
ウィルに事情を説明するために、人気がなさそうな空き教室に入った。ウィルは驚きながらも目を輝かせて「すごいじゃん! 何それ!」と純粋な反応を示していた。
「俺、今まで身の回りにシエロっていなかったからわかんなかったけど、めっちゃ役に立つ能力じゃん! 天体予報もできれば、神様たちの声も聞けるなんて!」
信じられない、と感嘆するウィルの怒涛の感想に圧倒されていたシャルルとヴィンスは顔を見合わせる。どうやらこの友人はシエロ差別というものから程遠いところにいるらしい、と。
「で、俺もその天の声とか調べるの手伝えるってことか。任せてよ、俺良い人を知ってるんだ」
「良い人?」
シャルルはもう何度も傾げた首を再び反対に傾げる。ウィルは自信ありげに胸を張って笑顔を見せる。
「うん、図書館がだーいすきな、すっごい優しい人」
シャルルたち三人が北棟へ向かって歩いていると、ウィルがはたと思い出したようにシャルルを向き直る。
「前に図書館行こうって言ってた時、この辺りで事件があったよな。あの後、君、大丈夫だった?」
「うん……一応病院に行ったけど、なんともないってお医者さんに言われた」
結果として亡くなってしまったあの学生の件のことだというのはヴィンスもわかっていて、静かに深刻そうな表情で頷く。
「今年に入ってから、学園内で不自然な事件が多いし、魔物に関する噂も今まで以上に多い気がする」
「そうなの?」
「うん、シャルルは転校生だから去年のことなんて知らないと思うけど、生徒同士の喧嘩があっても、変な事件って今まで全然起こったことがないんだよ」
ウィルの説明にシャルルは一つのあり得ない想像をしてしまい青ざめた。もしかしたら、自分の転校が事件を引き起こす何らかの原因になっているのではないか。自分がそんな重大な力を持っているとは到底考えられない。ただ偶然が重なっただけだと、小さく首を振って考えを飛ばそうとした。その仕草に不思議そうにシャルルを見たヴィンスとウィルだったが、声をかけられたため、三人は顔をそちらへ向ける。
「ちょっと、通れないんだけど」
苛立たしげに腕を組んだモーヴ色の髪の少年がシャルルたちを睨んでいた。彼は大きなノートと熊のぬいぐるみを抱えており、所属寮を示すネクタイはしていなかった。
「すみません」
急いで避けたシャルルの隣をわざとらしくため息をつきながら、彼は早足に通り抜けて扉の向こうへ消えていった。シャルルたちは北棟一階、図書館の入り口に辿り着いていたのだ。
「僕たちも行こう」
ヴィンスの言葉に気を取り直して、三人もその後をついて大きな扉を押して中へ入った。
まずシャルルは古い紙の匂いを感じて顔を見渡した。見える限り一面、無数の本棚が聳え立っており、宙をゆっくりと飛んでいる書籍の数々。図書館の中は果てしなく続いているように広大だった。時折紙を捲る乾いた音や、ノートの上を走るペンの音や、小さな咳払いが響いてくる。
「こんにちは。寮と名前を教えてね」
柔らかな声が右側からしてきてそちらへ顔を向ける。古い木のカウンターの向こうに座っている、ブロンドの髪を黒いリボンでシニヨンにまとめた女子生徒だった。青いネクタイをしているため、ウィルと同じくクラシセントの生徒だろう。そして、おそらくシャルルたちよりも上級生なのだろうとわかる、落ち着いた雰囲気と立ち居振る舞いだった。
「この人が、さっき言ってた人だよ」
ウィルが少し声を抑えてシャルルとヴィンスに耳打ちをする。静かな図書館の中では小声でも聞こえるようで、女生徒は微笑んで三人を順番に見る。
「私に用かしら? ウィリアム」
「この二人が探したい本があるんだって。アリスなら絶対知ってるだろうと思って」
アリスと呼ばれた生徒は頷くと分厚い帳簿を取り出して、青と黒のストライプ模様のペンで何か記入しながら話を続けた。
「ふふ、そう。じゃあまず、お名前を教えて。図書館は誰が入ってきて、誰が出ていったかを記録しているの。ウィリアムはもう書いたわ。そちらのステルクスのお二人は?」
「ヴィンセント・グレイです」
「シャルル・リーヴスです」
二人が順番に自己紹介をするとアリスは微笑んで「ありがとう」と言って帳簿を閉じると、奥にいた司書らしき人に声をかけてカウンターからシャルルたちがいるところへと出てきた。
「アリス・ノーランド、七年生よ。図書委員をしているの。大抵の本なら案内できるから、任せてちょうだい」
ノーランドという名字ということは、あの青寮監督生の姉だろう。確かに似ているかもしれない、と思いながらシャルルは軽く会釈をして「お願いします」と言った。
「まず閲覧室に向かいましょう、こちらへ来て」
アリスについていき、シャルルたちは図書館の中へと進んでいく。背の高い本棚には梯子がかかっていて、本棚同士の間には時折、閲覧用のための一人用の机があった。少し開けた空間が現れると、長机がいくつも並んでいて、生徒が数人熱心に本を読んだり、ペンを走らせていた。
「ここが閲覧室よ。もし調べたい資料があれば、この書誌検索用の端末を使えば基本的に何でも見つかるわ」
そう言ってアリスが指し示したのは、机と鎖で繋がれた古めかしい何の装飾もない杖と、クリスタルが嵌め込まれた焦茶色の革カバーをした大きな辞書のようなものだった。その横には乱雑に箱に入れられた紙切れとペンが置かれている。
「使い方はまず、自分の調べたいものをメモして、この本に挟んでね。メモはここにたくさんある紙切れを使っていいよ。そうしたら、本を一度閉じて、杖で表紙をこんなふうに、いち、に、さん、よん、って四辺を叩くの。そうしたら、関連する本が一覧になってページに現れるようになってる」
「やってみていいですか?」
ヴィンスが言うと、アリスは傍によけた。シャルルもやり方を見ていようと、ヴィンスの隣に立つ。二人の間から首を伸ばしてウィルも覗き込む。
ヴィンスは紙切れに「星読 星の揺れ 声」とだけ書いて、大きな本の適当なページに挟んだ。言われたように杖で四辺を順番に軽く叩いていくと、表紙のクリスタルがチカチカと光った。
「言い忘れてたわ。このクリスタルが光ったら、検索結果が出たってこと」
重たそうにヴィンスがページをめくると、端末は「検索不可 キーワードを変えてください」と示していた。拍子抜けする結果にシャルルたちは顔を見合わせる。アリスもその文字を見ると目を丸くした。
「あら……珍しいわね。こうなるってことは、制限付きの棚の本を探そうとしているか、新しく入ってきた本なのかも。この子、たまにエラーを出すのよねぇ、古いから。私もこのキーワードは専門外だし……」
頬に手を当ててアリスが少し考え込む仕草になったため、戸惑ってシャルルたちは額を突き合わせる。
「君がやってみたらどうだい、シャルル」
「え、僕がやっても同じだよ。だって一緒の言葉だもん」
「じゃあ、俺がやろっか?」
三人がこそこそと話し合っていると、「そうだわ」と明るいアリスの声が彼らの会話を遮る。
「モーリスに聞いてみればわかるかもしれない。こっちよ」
シャルルたちの肩を叩いてアリスは再び本棚の森の奥を突き進んでいく。見失わないように、シャルルたちは急いで彼女の後を追っていった。
途中、自分で居場所に戻ろう飛んでいる本にぶつかりそうになったり、勝手に動いている梯子に足を取られて転びそうになったりしながらアリスを追いかけて三人がたどり着いたのは、どうやら図書館の一番奥の閲覧室らしかった。閲覧室のさらに奥には頑丈そうな鍵のかかった扉があった。大きな机が四つほど並んでいるにもかかわらず、生徒はたった一人しかいない。しかもその生徒は、先ほど見たモーヴの髪の少年だった。
「モーリス、作業中ごめんなさい」
「えー……なに?」
モーリスと呼ばれた少年は手元から顔を上げずに、気だるげに返事した。彼の隣では熊のぬいぐるみが動いて一生懸命本を運んでは、モーリスが読んでいる本の隣にどんどん積んでいく。その不思議な光景に、シャルルたちは再び顔を見合わせた。
「この子達が、制限付きの棚の本を探しているらしいの。あなたなら場所がわかるでしょ?」
「……はぁ、めんどくさいんだけど」
彼の返事はよそにアリスはシャルルたちに向きなおって、少年を紹介し始める。
「モーリス・ブラックウッドよ。彼も私と同じで図書委員なの。ステルクスの四年生だけど、ほとんど図書館に住んでるようなもんだから、二人は会ったことないかもね」
シャルルは当然この先輩にはあったことがなく、ヴィンスをちらりと見やるが、彼も首を横に振ったので、本当に寮にはほぼ居ない生徒なのだと言うことがわかる。ウィルも初めて見る生徒らしいが名前は知っているらしく、「ブラックウッド家か……」と独りごちて興味深そうにアリスとモーリスの話を聞いている。
「勝手に話進めないでよ。アリスが手伝ってあげたらいいじゃん」
「私でもわからないからモーリスのところに来たの。お願いよ」
「はぁ? ……でもまあ、アリスが頼むなら仕方ないか。で、何?」
ようやく手を止めたモーリスはシャルルたちの方へ顔を向ける。心底面倒だという感情を隠すことのない表情で、頬杖をつく。
「え、っと。星読に関連する本を探していて……」
目があったシャルルが緊張しながら何とか声を絞り出すと、「ふーん」と言ってモーリスは熊のぬいぐるみが運んできている本の背表紙を見て話をづつけた。
「もっと詳しく。星読の何? 教会か天界関連?」
「星天の声についてと、不自然な動きをする天体についてです」
ヴィンスが続けて言うと、ぴたりと動きを止めてモーリスがヴィンスを見る。
「シエロなんだ? 君、グレイ家でしょ?」
「今はそれと関係がありません」
シャルルはヴィンスが答える声に少し憤りが滲んでいる気がして、横目に彼を見た。見た目にはわからないが、あまり触れられたくない部分だと言うことはこれまでのヴィンスとの会話からもわかっていた。
モーリスは魔力については興味をなくしたらしく、再び作業をしていた手を動かし始める。
「ま、どうでもいいけど。星天の声は教会関連の書籍にしかないと思うし、その辺りは天界関連の重要書になって閲覧制限がかかってる。寮監のディキンズに許可もらってきて。あと、もし持ってても今日は僕が鍵持ってないからダメ。別の日にきて。あと、僕も忙しいからアポイント取ってからにして」
結局、これといった収穫が無く図書館の重い扉を再び開けて外に出てきた三人は何だかどっと疲れが出ていた。あまり力になれず申し訳ないと言ったアリスが、モーリスの図書委員で来ている日程を教えてくれて、その日に彼に再度手伝ってもらうことになった。
寮へ戻ろうと西側へと向かって歩いていきながら、シャルルたちは図書館のことについて色々と話していた。どうやらシャルルだけでなくウィルも図書館へ行ったのが初めてだったらしく、鳥のように飛んでいた本や幾つも立ち並んでいた本棚がどれだけ圧巻だったかとシャルルと熱心に話していた。ヴィンスはその隣でいつものように冷静を保ち、静かに話を聞いているようだったが、それが逆にシャルルは気になった。
「それにしてもさ、モーリスって子、すごかったよね」
「ちょっと、怖かったかも」
シャルルが小声で言うと「だよね」とウィルは笑って、ヴィンスはため息をついた。彼が避けている話題を出すのも申し訳ないが、モーリスの発言からずっと怒っているように見えて、シャルルが声をかける。
「ヴィンス、大丈夫?」
「……え? 僕は、何とも」
不意に聞かれて目を丸くしたが、すぐに何のことかわかったらしく、ヴィンスは少しだけ顔を曇らせてから、いつものような涼しげな笑みを浮かべる。
「モーリスが今度は何か手伝ってくれると助かるな」
「もしまた忙しくて無理ってなったら、俺も一緒に手伝うからさ」
シャルルはウィルの頼もしい言葉に、ヴィンスと共に礼を言う。同時に、ウィルが先ほど呟いていたことも気になって尋ねてみることにした。
「そういえば、モーリスのお家のこと知ってるの?」
「うん、ブラックウッド家ってティリシュの商家なんだけどさ、今は学生当主だって噂なんだよね。あの子がやってんじゃないかな。結構おっきい商売やってるはずだよ。劇団で使ってるものとか、ブラックウッド家から買ってたりするんだ」
「何だか、すごい人なんだね……ウィルも」
「シャルルもそろそろ慣れた方がいいよ」
とヴィンスが言ったが、シャルルは貴族や大きなお家の人に囲まれる状況にどうやって慣れることができるんだと、苦笑いした。
ウィルとは寮が違うため西棟で分かれて、それぞれの寮へ戻っていった。その日の夜、シャルルとヴィンスは天文学の宿題をするために寮の屋上、大きな望遠鏡のもとで教科書を開いて唸っていた。
「やっぱりなんか変だよね」
「シャルルもそう思うよな」
シエロである二人はその魔法の代表的な力を使うことで、望遠鏡などなく遠くの天体を観察することができる。しかし彼らは本当に自分たちに見えているものが正しいのかわからなくなってしまい、望遠鏡を使わざるを得なくなっているのだ。
「もう一度確認しよう、ペガスス座の位置はこっちだ」
ヴィンスの言葉に、シャルルは星図を取り出して、ペンデュラムを用いて方角を見る。間違ってはいない。
「あってるよ」
シャルルの返事を聞くとヴィンスがそれに合わせて望遠鏡の角度を微調整する。スコープを覗き込んで、シャルルにも確認するように手招きをする。ヴィンスと同じように見てみるが、ちゃんとペガスス座の星々は映り込んでいる。
「じゃあ、異変があるってことかもしれない」
「天体予報を確認してないよね?」
「ああ、シャルルの言うとおりだ。待ってくれ、ここに今日の新聞を挟んでる」
宿題をするために持ってきた教科書の別のページに挟んである、新聞を広げて今日の天体予測の欄を二人で確認する。見やすいようにシャルルが手元にランプを持ってくると、ヴィンスが「ありがとう」と呟いた。
「今日の、午後、8時。注意報は、なし」
「どうしてだろう……」
「僕らにしか見えてないってことはないはずだよ」
シャルルとヴィンスは再び星が瞬く天空を見上げる。シャルルは魔力が上手く使えるように、魔宝石のペンデュラムを握りしめて、じっとペガスス座を見る。しかし、先ほどから何度も繰り返し見ているものと一切変わらず、何かがおかしい。ペガスス座のうちのある一つの星が、教科書に書かれていない色に変化して、さらには左右、上下に不安定にほんの少し揺れているように見えるのだ。
「もし、これが何か悪いことだとしたら、先生に伝えた方がいいよね」
「そうじゃないとしても、一応、ディキンズ先生に確認しに行こう」
シャルルとヴィンスは頷くと急いで寮監の部屋へと向かった。
授業も終わった夜に部屋に訪ねてくる生徒はそう多くはないらしく、ディキンズ先生は驚いた様子でシャルルたちを出迎えた。
「どうしたんだね?」
「僕たち、天文学の宿題をしていたんですけど、教科書に書いていないように見えるんです」
ヴィンスがそう伝えると、シャルルにも同じように見えたのかと確認して、彼らは再び寮の屋上へと向かった。
「もし君たちが言っていることが本当なら、世紀の大発見だ。新しい研究のテーマにしてもいい」
と半ば興奮してディキンズ先生はシャルルたちの後ろから、息を切らしながら階段を登ってくる。
屋上に着いて、先ほどと同じ手順でシャルルとヴィンスが観測をして、ディキンズ先生も確認のために同じ手順を踏んで、さらに望遠鏡を使って星の観測をするが、ディキンズ先生の結論は「気のせい」だった。
「方法としては間違っていないし、君たちの観測のやり方や観測対象は間違っていないから、課題に対する点数はきちんとつけよう。しかし、私には正しい色に変光しているように見える。そもそも、この星は光り方に違いが出るものだ、君たちの勘違いだろう」
そう言って、ディキンズ先生は部屋に戻っていったが、シャルルたちはどうしても煮え切らないでいた。二人揃って同じものが見えているのだ。先生に手順や道具も確認してもらって、間違いはないと言われたのに、集団幻覚というのもおかしい話だ。
「……僕らは天の声が聞こえるだろう? それが何か関係していると思わないか?」
「本当に、そうなのかな……」
シャルルもヴィンスの言うことに同意している。しかし、本当にそうだとも心の底から思えるわけでもなかった。もしそうだとして、天はシャルルたちに何を伝えようとしているのだろうか。
——こんな、何もできない子供に、何を伝えたいんだろう?