1.2

○ロゼア郊外、次期王候補の家

通達の声   貴殿、ナタリー・サクラ・エンベリーが次期王候補へ選定されたことをここに伝える。全ての情報は貴殿と担当の侍従のみに限り、公にすることを禁じる。貴殿には次期王候補としての生活拠点を用意している。速やかに転居せよ。

   紗幕が降ろされ、明転。
   幕の外側にイベール、カルマン、ソークが腰掛けている。
   幕の内側にナタリー、荷物を引きずって登場。扉を叩く。

ナタリー   誰か、いますか?

   部屋の中にいた男が振り返り、扉を開ける。

ジャン    ……君だったのか。
ナタリー   え、サミュエル先生? どうして?
ジャン    俺が聞きたいところだけど……荷物を。
ナタリー   自分で持ちますよ。
ジャン    (カバンを取る)重っ。何入れてるんだ?
ナタリー   本と楽譜です……。
ジャン    相変わらずだな。君の部屋まで運ぼう。こっちだ。
ナタリー   あの、ここ、先生の家ですか?
ジャン    俺も住むけど、君の家だよ。厳密には。
ナタリー   枢密院からの通達が、用意したって言ってました。
ジャン    次期王が安全に生活できる場所を国が用意しているんだよ。ほら、ここだ、君の部屋。

   ピアノ、ベッド、ドレッサーのある部屋。豪奢な装飾が施されている。

ナタリー   私の部屋より大きい。
ジャン    荷物はここでいいか?
ナタリー   はい。……お姫様の部屋みたい。
ジャン    はは、そんな可愛らしい感想。
ナタリー   だって、こんなに素敵なんですよ。
ジャン    必要なものや欲しいものがあれば言いなさい。
ナタリー   先生が買ってくださるんですか?
ジャン    まあ、そういうことでいい。
ナタリー   (ジャンを見上げる)
ジャン    ……、流石に次期王の部屋で話し込むのは良くないか。場所を変えよう。
ナタリー   はい。
ジャン    他の部屋も見たいでしょ。
ナタリー   あはは、そうですね。
ジャン    (頷き、足早に部屋を去る)
ナタリー   ……先生、相変わらずだなあ。

   幕の内側、暗くなる。
   外側の三人、顔を見合わせる。

カルマン   いい感じなんじゃないか? あの二人。
イベール   候補者は私が探したが、あの侍従はマイルズだろう?
ソーク    そうだ。学園長先生なら賛成するだろうと踏んでいたが、違いましたかな?
イベール   ……エンベリーはすでに卒業しているので、私がどうこう言える立場ではないね。
カルマン   ん? どういうことだ?
イベール   あなた、今のを見て「いい感じ」と言ったのに、何もわかってなかったのか?
ソーク    まあまあ、ウォレンは頭はいいが他人の色恋には疎いからな。
カルマン   ということは、「そういう仲」なのか?
イベール   違う。サミュエル教授は非常にきっちりした先生ですからね。
ソーク    年近い先生に憧れる候補者の心を狙ったのだよ。上手く使えば我々の利になる二人だ。
イベール   (溜息)観察を続けるよ。ホラスが初めのうちはしっかり見ておけと言ってうるさいからね。
ソーク    ちょっと待て、偵察機の位置を変える。

   幕の内側、明るくなる。
   ナタリー、ジャン、談話室にて腰掛けている。

ナタリー   ええと……つまり、私は次の王様の候補者として選ばれていて、その教育係がサミュエル先生で、私はこのことを隠さないといけなくて、それから、ええと……
ジャン    君と俺は互いの魔力や情報を開示しなければいけない、だな。
ナタリー   理解が追いつきませんが、とりあえずはわかりました。通達にも拒否権はないと言われました。
ジャン    うん。今のところ、急ぎ共有すべき情報はそんなところだな。それから、俺と二人で色々と生活しないといけないのは、悪い。俺にもどうにもできなかった。
ナタリー   悪いだなんて、そんな! 全く! 先生なら全然。
ジャン    君なあ……。まあいい、他に気になることはある?
ナタリー   あー、最後のことです。
ジャン    魔力について?
ナタリー   なんで互いに教えないといけないのでしょう……?
ジャン    次期王の指導のために、俺は君のことを知らなければいけない。そして、君が安心してここで過ごせるように、俺の能力も開示しなければいけない。
ナタリー   先生の信用のためって、でも、要は私に縛られることになるんじゃ?
ジャン    そうだ。これは次期王と侍従の絶対的な契約関係だ。俺は教えるよりまず、君に従わなければならない。
ナタリー   あの……、先生は、自分から志願したんですか?
ジャン    いや、国に決められた。君と同じだ。
ナタリー   (沈黙)
ジャン    どちらから話す?
ナタリー   ……私からで。
ジャン    わかった。ではまず、魔力の種類は?
ナタリー   二種混交のミデンです。
ジャン    優位能力は?
ナタリー   歌唱と精神安定のサナティオです。あと……
ジャン    言いにくいか?
ナタリー   なんて説明したらいいのかわからなくて。
ジャン    なんでもいい。正解も不正解もない。
ナタリー   えっと、身体能力でもないからフォルツォではないことは確かなので、シエロだと思うんですけど……
ジャン    うん?
ナタリー   魔力や感情を結晶化することができます。
ジャン    ……なるほど。今できるか?
ナタリー   はい。(指輪をした手を翳す)クリスタリゼ。

   ナタリーの手に透明な結晶。ジャンに渡す。

ジャン    美しい魔法だ……。
ナタリー   私の魔力の一部です。使われてないくらいの。
ジャン    そうか。ありがとう。他に伝えるべきことはあるか?
ナタリー   ええと、能力のことじゃないんですが、劇場で働いています。
ジャン    ああ、よく知っている。
ナタリー   ……。あの、その結晶、差し上げます。魔力があるので、お守り代わりにでも。
ジャン    え? なら、貰っておく。ありがとう。(咳払い)次は俺の番だな。あー、まず始めに言っておくけど、契約として俺は君を傷つけることは一切ないので安心してほしい。
ナタリー   はい……?
ジャン    俺の本名は、ジャン・ミラー。訳あって、サミュエルは通称だ。能力はサナティオ。声に魔力を乗せることができる。君も知っての通り、学園で言語文学を教えているのと、研究員では図書局に勤めている。
ナタリー   ……本名以外は、存じ上げてました。
ジャン    (頷く)それから、誰にも話していないことだけど、俺は……、魔物だ。虚国出身のダンピール、つまり、
ナタリー   吸血鬼?
ジャン    と、人間の間だ。……驚かないんだな?
ナタリー   驚いてますよ。今日ずっと、驚いてます。でも、先生なら、別に何も怖くないです。
ジャン    ……吸血鬼のように常に血が必要というわけではない。普段の食事で補えるし、血液パックも持っているので心配しなくていい。
ナタリー   (小声)だから、病院によく行ってたのか……
ジャン    どうした? 怖くなったか?
ナタリー   いいえ。先生の秘密はきちんと守ります!
ジャン    はは、いい返事だ。
ナタリー   あの、先生。聞いておきたいことがいくつか。
ジャン    ん? 何だ?
ナタリー   さっき、次期王に従わなきゃいけないって、それって、どんなことでもですか?
ジャン    まあ……ある程度はな。
ナタリー   じゃあ、この家にいる間、お互い名前で呼びましょう。
ジャン    ……ああ、わかった。まだ何かあるか?
ナタリー   えっと、質問なんですが、このこと、奥様とかにも内緒にされてるんですか?
ジャン    内緒も何も、家族はいないし、恋人もいない。独身。わかったら、さっさと寝なさい。もう夜遅い。
ナタリー   ……! はい、おやすみなさい、ジャン先生!
ジャン    おやすみ。

   ナタリーが喜びながら自室へ戻る。
   幕の内側、暗くなる。

イベール   可愛らしいこと。……騙しているようで忍びない。
カルマン   優しいなあ、我が妻は。しかし、サミュエルだとか言ったか、あの従者が魔物とは。それも踏まえて見つけたのか、マイルズ?
ソーク    察しがいいことで。魔物である従者とうまくいけば、あの歌姫もこちら側に同情するだろう。そうするとあの従者を選んだ我々にとっても悪いようにはしないはずだ。
イベール   そこまでしなくとも、あの子は賢く優秀な生徒だったよ。
ソーク    とはいえ、どこでどのように裏切られるかもわからん。それにあの恋心に浮かれた感じは、動かしやすいと思わんかね?
カルマン   また恐ろしいことを言う。
イベール   度々思っていたが、マイルズ、君は少々、女性を軽視していないか? 私のことを忘れていないかい。
ソーク    忘れていないとも! 我らの優秀なフロランス・イベール大先生を誰が忘れるものか。それに、学園長先生の時間が長いんだ、ほとんど男と言って差し支えないだろう。
カルマン   そういうところに対して言っているのだがね。妻を侮辱するのは許さんぞ。
ソーク    冗談だ、冗談。
イベール   全く……。
ソーク    さ、我らがキャプテンに報告に参らねば。

   三人、立ち上がり、暗転。

○ロゼア、劇場、テアトル・ファントム。

   控え室前廊下。劇場内の観客たちの声に耳を澄ますナタリー。

観客1    今日の演目のパンフレットまだ買ってないの、残ってるかしら。
観客2    終演後はいつも売り切れるから急いだほうがいいね。私もブロマイドを買わないと! 今回のサクラ様はいつにも増して美の化身だった……。
観客3    月の乙女が彼女に化けてるって言われても、みんな頷くよ。

   観客たちが遠ざかる。少年がナタリーの近くを通りかかる。

少年     サクラさん! お疲れさまです。そんなところで、どうしたんですか?
ナタリー   え、ええ、お疲れさま。……今日の演目がうまく行ったか不安で。
少年     そうなんですか〜? 僕から見たら悪いところなんてぜーんぜんなかったですよ?
ナタリー   お歌だけならまだしも、今回は久しぶりの演技だったから……。ユリスちゃんのお友達が書いた脚本でしょう? 初演でこけちゃいけないと思って、すごく緊張してた。ユリスちゃんはどうだった?
少年     たのしかったですよ! サクラさんの月の乙女の周りで踊るの、歌声もきれいだし、体が自然に動く感じ。

   少女が二人のそばを通りかかる。

少女     ユリス〜、明日も学校なんだから早く寮に戻ろー……って、サクラさん。今日はありがとうございました! 私の脚本を推薦してくれたの、サクラさんだって支配人に聞きました。
ナタリー   エリーザちゃん、頭を上げて。本当に素敵な話だったから。
少年     あ、そうだ。サクラさんに渡さないといけないやつがあって声かけたんだ。
少女     何してんの。
ナタリー   なあに? お客さんからかな?
少年     なんか、イケメンのお客さんでした! これをサクラさんに渡してくれって。
ナタリー   (手紙を受け取り)ふふ、オーナーよりイケメンだった?
少年     支配人はどっちかというとハンサムだと思いますね。
少女     答えになってない……。てか、行くよ、ユリス。サクラさんもお疲れなんだから、邪魔しちゃだめ。
少年     あ〜、まってよ、エリーザぁ〜。

   少年と少女が退出。ナタリーは手紙を開く。

ナタリー   ファンレター、直接渡してくるなんて……。えっと、素敵な歌でした、帰りは転移装置です、裏口にいます、ジャン……。(口を覆い喜ぶ)

   ナタリー、控え室から急いで上着と帽子を手にする。
   バックヤードの扉を開いたとこで、支配人、登場。黒猫を抱いている。

支配人    初演お疲れさま、サクラ。
ナタリー   オーナー、お疲れさまです!
支配人    うん、気をつけて帰るんだよ。……おや、今日はお迎えかな?(会釈)
ナタリー   (少し振り返り)はい。じゃあ、お先に失礼します!

   支配人が手を振り、猫が鳴く。
   扉の向こうにジャンが立っている。

ジャン    お疲れさま。ほら、カバン。
ナタリー   ありがとうございます。来てくれてたんですね。
ジャン    当たり前だろ。帰ろう、君にはまだやることがある。
ナタリー   ……はい。

   二人が転移装置に触れる。暗転

○次期王候補の家、書斎。

ジャン    公演で疲れているところ悪いが、枢密院から、早急に君に王室に上がるための準備を進めるように言われた。
ナタリー   ……覚悟はしてます。
ジャン    悪い。
ナタリー   どうして、先生が謝るんですか? 私たちは、自ら来たわけじゃないのに……
ジャン    (咳払い)ナタリー様、こちらに。
ナタリー   え?
ジャン    カレオ・ビブリテク。

   机の上に紙の束、本が現れる。

ジャン    国から、ナタリー様へ送られたものです。今後、これを用いて王位継承候補者としての訓練に励んでいただきます。その間は、候補者としての自覚を持っていただくため、「ナタリー様」とお呼びさせていただきます。いいですね。(椅子を引く)
ナタリー   ……わかりました。(座る)
ジャン    まず、ナタリー様が候補者として選ばれた理由をお伝えします。ナタリー様の魔力の特性が影響しています。
ナタリー   私の魔法は、光の能力に該当するんですか?
ジャン    さすが、ナタリー様ですね。端的にいいますと、ミラトア国王であるためには、国民の魔力を何らかの形で監視、および管理できなければなりません。ナタリー様の能力は『魔力の結晶化』ですので該当します。
ナタリー   そう。では、何を学び、訓練するんですか?
ジャン    一定期間、魔力の結晶化を任意の対象に行い、収集した魔力の処理を行っていただきます。また、王になるのに相応しい、立ち居振る舞い、知識を身につけて頂きます。
ナタリー   それを、ジャン先生が私に教えると……?
ジャン    左様でございます。まずはこちら、どれほどの知識があるのか確認するために、この問題集を解いてください。
ナタリー   こんなに分厚いのを?
ジャン    選択式です。やらなければ、知っている内容も全て詰め込む勉強になりますが?
ナタリー   ……わかりました。やります。

   ナタリー、問題集を時間をかけて解く。
   
ナタリー   お、終わった……。
ジャン    お疲れさまでした。お茶を用意しましたので、休まれてください。

   ジャン、採点を始める。

ナタリー   帝王学っぽいものとか、教会関連のことは全然自信がないです。
ジャン    ……それでもよくできていらっしゃいますよ。特に文学・論理学・芸術史はさすがですね。確かに、社会学と神話学関連事項は弱いようなので、重点的に学びましょう。
ナタリー   わかりました、でも、できてたんだ……
ジャン    これなら、そこまで勉強漬けにならなくても良さそうです。公演の練習にも十分時間を使っていただけます。
ナタリー   そうですか……。
ジャン    今日はこれで終わりにしておきましょう。夕食はどうなさいますか?
ナタリー   疲れたし軽く……ていうか、もう口調を戻してください。変な感じがします。
ジャン    ……失礼。何か食べたいものは? 作るけど。
ナタリー   え! いいんですか?
ジャン    疲れてるんだろ。それに、次期王様だし、お世話されることにも慣れときな。
ナタリー   お世話って。
ジャン    実際、侍従は指導だけじゃなくて、家事もすることになってる。幸い、掃除は便利な魔法道具があるし、負担を気にしなくてもいい。
ナタリー   そうですか……。
ジャン    で、何が食べたい?
ナタリー   ……スープ。
ジャン    苦手なものとかはないか?
ナタリー   ないです。何でも食べられます。
ジャン    腕を振るおう。これでも料理は得意だ。

   ジャン、退出。ナタリーの通信機が鳴る。

ナタリー   こんな時間に……? はい、どちら様でしょう。
ソーク    ナタリー様、こんばんは。赤の大臣です。夜分遅くに申し訳ありません。
ナタリー   だ、大臣! これは、ご連絡ありがとうございます。
ソーク    新居はいかがですか?
ナタリー   不便なく過ごせています。
ソーク    それはよかった。今、私の秘書の通信機で連絡させていただいてるんですがね。ナタリー様に付けた侍従について伺いたくて。どうですか、不都合はありませんか?
ナタリー   ええ、全く。えっと……知り合いでしたので、問題なく進んでおります。
ソーク    そうですか、そうですか。もし性格などがナタリー様に合わなければ、別の担当を派遣することになるので、今後何か不都合が生じた場合、秘書まで連絡くだされば、対応しますんでね。
ナタリー   はい、大臣からわざわざ、ありがとうございます。
ソーク    とんでもない。次期王はお優しいですね。それでは、失礼致します。
ナタリー   ええ。ご機嫌よう。(息を吐き出す)

   ジャンが戻ってくる。

ジャン    ナタリー? 大丈夫か?
ナタリー   はい、今行きます!

   二人退場。
   第一幕、閉。

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