1.1

第一幕

   鐘の音。
   その中で鳴り響く銃声。
   肩で息をするマントの男。倒れている男の時計を奪い取る。
   物陰に隠れていた不思議な姿の子供の頭を撫で、背中を押す。子供が走り去る。
   鐘の音が止む。暗転。

⚪︎イベールの屋敷

   ユーバイが白いコートを翻し現れる。
   イベールとカルマン、椅子から立ち上がる。

ユーバイ   イベール様、吉報でございますよ。
イベール   こんな夜更けに何事ですか。
カルマン   フロランスの眠りを妨げることしかしないのだな、リー・ユーバイ。
ユーバイ   まさかまさか、怖いお顔をなさらないでくださいませ、高司卿様。貴方にとっても良き知らせをお持ちいたしましたのに、そのように無下にされましては。
イベール   なんでもいいから早く本題に入ってください。
カルマン   私とフロランスの邪魔をしたのだからな。
イベール   あなたも口を閉じてなさい。
ユーバイ   ええ、ええ。その吉報でございますが、この度の枢密院任命の情報を仕入れまして、お二人が大臣続投確定となられましたことが、まず第一……
カルマン   当然だな。他にも?
ユーバイ   まあまず待たれませ。おそらく明日の朝には王室から任命のお知らせが来られることでしょうから、ご準備されると良いですよ。それから、大スクープでございまして、キンバリー元帥はご存知でしょう?
イベール   誰に聞いているのですか。
ユーバイ   ええ、もちろんご存知でしょうとも。ご学友であられましたからね。で、そのキンバリー元帥がこの度、藍の大臣に。
カルマン   ついにホラスもか!
イベール   声を落として。
カルマン   つい。すまない。
イベール   ユーバイ。それは本当だろうね? ホラスが就くならそろそろ……
ユーバイ   ご明察でございます。ジョンストン長官とソーク元老議員も大臣に推薦されておるそうですよ。
イベール   では、ようやく皆が揃うということだね。推薦されていれば、よほどのことがない限りはうまくいくことでしょう。
カルマン   ファビアンには伝えたのか? むしろあの人なら一番に仕入れてそうだが。
ユーバイ   まだでございますよ。何せ私は白の大臣の使いなのですから、主人のイベール様にお伝えに来るのが先でございましょう? ご要望とあれば、伝書鳩ならぬ、伝書蚕をいたしますけれど?
イベール   それには及ばない。(杖を振る)
カルマン   なんだ、早いな。

   イベールの元に手紙が現れる。金色の封蝋。

ユーバイ   ——それでは私めはお暇させていただきます。
イベール   ええ、次の仕事は追って伝えます。

   一礼をしてユーバイが去る。

カルマン   で、どっちからだ?
イベール   ホラスから。元の姿で来い、と。
カルマン   なるほどな……では、お手をどうぞ、我が愛しの妻。

   イベールの姿が少女に変わる。カルマンは蛇の姿へ変わり、イベールの腕に絡みつく。
   暗転。

⚪︎キンバリーの屋敷・地下

   テーブルに椅子が九脚並ぶ。
   部屋の奥、小声で話し合うキンバリー、パストゥール。
   カウチに座り静かに茶を飲むラステル、その横に立つテニエリ。
   チェンバレン、ソーク、ジョンストンはテーブルに着いている。

   イベール(少女の姿)とカルマン(元の姿)、入る。

ソーク     久しいな、学園長。お元気か?
イベール    マイルズ、久しいというほどでもないだろう。今日は誰のお話だ?
ジョンストン  キャプテンだよ、いつも通りね。
チェンバレン  イベールさんは相変わらずお若いな。一番年上なのに……
カルマン    お前はいつも一言多いぞ、ジョエル。
ジョンストン  ジョエルさぁ、それ、俺にも刺さるんだけど?

   イベール、ラステルとテニエリへ目線を投げる。気付いた二人がテーブルへ着く。

イベール    顔色が悪くないかい、イーヴォン?
ラステル    気のせいかと……。スヴェンも同じことを言っていた。
テニエリ    気になっただけだ。
パストゥール  (話し声に顔を向ける)おやおや、フロランスたちが来たようで。外は寒くなかったですか?
イベール    ええ、大丈夫。この前の風邪も、ファビアンの薬のおかげで、この通りすっかり治った。
パストゥール  よかった。あなたがいないと話が進みませんからね。
キンバリー   ……ウォレン、元の姿で来いと言ったはずだが?
カルマン    屋敷に入るまではそうしましたよ。なぁ、フロランス?
イベール    今日は人間の方が楽だそうで。魔法が安定しないんじゃないかな?
カルマン    あー……、天候のせいかもしれん。
パストゥール  それはそうですよ。今日は患者も多かったです。まあ、フロランスは変身術の専門家ですから関係ないでしょうけど、そちらの姿は不便じゃありませんか? ほら、あなたのところの蛇だけじゃなくて、狐たちも人の姿でしょう。僕やホラスでさえも今日ばかりは不便ですからね。人魚はまあ、水がないので意味ありませんけど。
ジョンストン  ちょっと、ファビアン兄さん?
イベール    ……みんなの方が具合が悪そうだ。(大人の姿に変わる)学園長先生になっておきます。
ソーク     お兄様方、そろそろ始めては? あまりチンタラしていられないでしょう。夜が明ける前には解散しなければなりませんからね。

   残る四人もテーブルへ着く。

テニエリ   (咳払い)では、会議を始める。まずは我々全員が九大臣へと選定され、我々の第一の目標が達成された。各々、どの地域へ選ばれましたか?
イベール    では、私から。今期も変わらず、白地区・ニウェース聖区の担当大臣です。みなさん全員と枢密院で集まれることを楽しみにしているよ。
カルマン    同じく、今期も黒の大臣へ選ばれた。リーガフレド山脈地帯担当だ。我々九人が同じ場所に集まれたことを嬉しく思う。
テニエリ    ……新任の方々。(キンバリーへ目配せ)
キンバリー   (立ち上がり)今期から藍の大臣となる。区域は我が軍の重要基地があるクウェスだ。先輩方、よろしく頼む。(イベールとカルマンを見やり、着席)
パストゥール  先の会期から黄の大臣です。区域はエピアス。初めの勤務地であったエピアスの担当大臣となれたこと、この上ない光栄だと思っています。
ジョンストン  次は俺かな? 橙の大臣に任命されました。担当はポムファ。比較的、魔物に優しい地域で幸運だね。
ラステル    ティリシュ担当、青の大臣だ。ラステル公爵領のある地域なので当然だろう。
テニエリ    諸島郡、緑区域担当。
ソーク     短いねぇ、公安長官。私は王都ロゼアという非常に重要な都市区を担当させていただきますよ。赤の大臣です。お兄様方、何卒よろしく。
チェンバレン  ……兄さん方と同様、今期からです。ミラトア王立芸術センター長にも任命されて日が浅いのですが、サシュゾン担当の紫の大臣として励む所存です。
ジョンストン  末っ子くん、よくできました。
テニエリ    では、次。報告へ移る。本日はホラス・キンバリー元帥から。
キンバリー   今回、呼び立てたのは皆の就任祝いのためというわけではない。おそらく、幾人かの耳には届いていると思うが、王国軍内で反虚国派閥が活発になってきている。主に陸軍勢だが、海軍医療班からの内部報告で、十一年前のクウェス基地火災の被害者家族が軍に入ってきたことにより、反虚国運動に拍車がかかっている。非常に厄介だ。
イベール    具体的にどのような報告が? 卒業生が何人かそちらを進路に選んでいたので、少々心配ですね。
キンバリー   おおよそ反虚国派の私怨だろうが、捕虜として収容されている魔物の処分を求めているらしい。捕虜たちの行動は厳しく監視されている上、私は当然だが、各軍の大将たちも処分には賛成していない。
イベール    そうですか……。
パストゥール  僕の方からも良いですか? 反虚国運動について気になることが。
テニエリ    ファビアン・パストゥール院長、どうぞ。
パストゥール  特部の……違法魔術関連の患者たちの発言が、少々危険だと思うことが多く……。看護記録などや医師たちからの報告で上がってくるのですが、特部患者たちの間で非常に強い差別発言が観察されているようです。具体的には、他部の患者の中に魔物がいるだとか、自分の病気の原因は魔物のせいに違いない、と触れ回っているというところなのですが、こちらもやはり私怨としか言いようがありませんね。
カルマン    しかしながら、軍でも医局でもとなれば、王国全体として反虚国派閥が強いということにならないか?

   チェンバレン、挙手。

テニエリ    ジョエル・チェンバレン。発言をどうぞ。
チェンバレン  そのことについては、僕からも報告をと思っていました。センター所属のトラド出身の芸術家がいるのですが、どうやら魔物とのハーフという噂が芸術愛好家たちの中で広がっておりまして。それに尾鰭がついて一般人の間でも広がり、私的攻撃を受けているらしいです。
ソーク     これはなかなか、我々の仕事もしがいがあるというところだな。力の見せ所と言いましょうか?
ラステル    王国全体に反虚国思想が広がっているのは否めないが、公爵領を見ても感じていることとして、戦争未経験の若い世代たちの間では親虚国もそれなりに強いそうだ。
イベール    ええ、それについてはイーヴォンに同意します。学園内も非常にリベラルな雰囲気が主流だから、ある一定の世代と学力に応じて、平和主義的な若者は増えている印象だね。
ジョンストン  確かにね〜。俺も部下に「司法長官もお若いからあちら派かな」とか言われたよ。その部下たちは頭が硬い連中だからさ、法律が変わらない限り、何も変わらなそうだ。
イベール    ならば魔物に対する差別を禁止するような法案は通せないものかな?
ソーク     元老院は金になると分かれば賛成するものは多そうな。誰が提案するかというところも問題だがね。
キンバリー   しかし、急にそんな話が出てきて、理解を示せるものはいるのか? この国の考え方は古いぞ。若者でも、学園卒でないものは全くもってリベラルとはかけ離れている。我が軍での問題も、そう言った奴らから広がってきている。
ジョンストン  改革法案については俺もキャプテンと同じ考えだね。現行法ではあまりに王権が強すぎる。
ラステル    ……ならば王権を得られれば良いのではないか?

   一同、沈黙。

カルマン    一理ある。
テニエリ    この九人が枢密院となった。難しくはないかもしれん。
キンバリー   なるほどな。たまにはいい考えを出すな、イーヴォン。
イベール    ……そのようなことをできるとお思いか?
ラステル    民は難しいように見えて、案外容易に動くものだぞ、学園長。「上が言うなら」と思考停止で従うものは多い。私が爵位を得た時であれ、兄上の死など不審がるものはなかった。あったとしても、少しの噂を揉み消すなど造作ないだろう。
パストゥール フロランスは何を心配しているのですか?
イベール   (沈黙する)
ソーク     学園長殿の考えは予想がつきますぞ。おおよそ、倫理的にそのようなことが許されるものか、ですかな?
イベール    ……答えかねる。
ジョンストン  まあまあ。イーヴォンの案は悪くないと思ってるのは何人いるんだ?

   イベール以外が手を挙げる。

チェンバレン  だそうです、イベールさん。
イベール    では尋ねます。どのような方法で、王権やそれに準じたものを得られると言うのだろう?
ラステル    方法はいくつかある。まず、現王を懐柔することだ。
ソーク     レウェーナ様はそこまで簡単なお方だろうかね?
ラステル    そこが現体制での問題点だ。次に思い浮かぶのが……
キンバリー   新しい王を立てる。

   キンバリーの発言に、みな一斉にそちらを向く。

カルマン    キャプテンのこの言い方。
ジョンストン  やるね、これは。
キンバリー   やれる自信がある。
チェンバレン  恐ろしいですね、この類のキャプテンの直感は当たりますから。
テニエリ    では、次期王の選定を進めていかなければなるまい。
ラステル    長い戦いになりそうだが、次期王がこちら側につけば、事は上手く運ぶ。私が思いついていた方法とは違っているが。
イベール    何を思いついていた?
ラステル    言うのが憚られる。
カルマン    言い出してそれはないだろう。
ジョンストン  レウェーナ様を排斥するとか?
ラステル    (沈黙する)
イベール    まさか!
パストゥール  落ち着きなさい、フロランス。イーヴォンも本意ではないのでしょうからね。
ラステル    それはそうだ。実現可能性も非常に低い。
チェンバレン  それよりは新たな王を立てる方が容易でしょうね。逆に言えば、僕らが倒れないようにしていかねばならないですけど。
キンバリー   戦略を練る。
イベール    本当にやるのか?
パストゥール  ホラスは決めたら邁進する人……いや、鷹ですからね。
ジョンストン  じゃあ、まず次期王を探してくる人が要るね? 役所系なら俺が幅利かせられるけど。
イベール    いえ、私が。
ラステル    乗り気でないのではなかったか?
イベール    学園の卒業生の中から見つけます。優秀な子であれば、私たちの考えも理解してもらえるかもしれない。
ソーク     もし人手が必要ならお手伝いしますよ、学園長。
カルマン    そろそろ日の出だ。
テニエリ    閉会する。計画の詳細は追って、ということでよろしいか。
キンバリー   ああ。諸君、枢密院で会おう。

   暗転。

タイトルとURLをコピーしました