雪の中のお屋敷

サヴィエが連れてきたのは駅だった。私のよく知る駅とは少し様子が違っていて、駅員は少ししかいないし、切符を買うところが見当たらない。
「駅は初めてかい。向こうには無かったっけ」
「列車はあります」
「さすがに長距離は列車がなければね」
しかし線路が見当たらない。ホームはあれど列車が通る幅が空いているだけでどこを走るんだろう。
「切符は?」
「切符? …乗車手形のことかな?」
これだよ、と私に見せてくれたのはキラキラとひかるカード。なにか文字が書いてあるけど読めない。ここの文字は私が知っているのとは異なる表記なんだ。
「俺と一緒に乗るから心配いらないよ」
まじまじとカードを眺めてると、列車がホームに入ってきた。ぽーーー、という警笛とともに停車。車輪がないが代わりに各車両の上にチカチカと光が弾けている菱形の何かがあって、それが動力のようだった。線路の代わりなのかな。
「あの上のチカチカしているのは何?」
「あれはパンタグラフだよ。空気からスパークを生み出して走っているんだ。エコだよね」
エコなのか、と私は首を捻ってから、そうなのね、と答えた。
「さ、乗ろう。おいで」
手を引かれて星がひとつ描かれている車両に乗り込んだ。コンパートメントが分かれていて、カードをかざしてドアを開ける。ドアの上にカードに書かれていた文字と同じのが表示された。
「少し狭いけど、少しの間我慢して」
狭いというか、ここ一等車なんだろなと言うくらい快適なのだ。列車もつくりが違うのか。コンパートメントの中は小さなテーブルと、ふかふかの座席があって、頭上には荷物を置く棚、窓も大きい。
「クォーツァさま、お久しぶりのご利用ですね」
車掌らしき人がドアの向こうから声をかける。
ドアを少しあけて、サヴィエが微笑む。
「どうも。今日は運転手がいなくて、最寄りまで頼むよ」
「かしこまりました」
車掌が別のコンパートメントに行くのがわかるとすぐにドアをしめた。
「どれくらいかかるの?」
「料金? 時間?」
「両方」
「料金は私の手形は、いくらだったかな、前にここまで屋敷からきたら百五十トポだったけど、三等なら十トポくらいじゃないかな」
ここの通貨はトポなのか。なんか可愛い。
「時間は?」
「十五分位で着くよ。その間おしゃべりしようか」
時間は同じなのか。分かりやすくていい。
コートの中から杖を取り出して、目の前にチョコレートとクッキーをだす。
「お腹すいてない? 食べていいよ」
星型のチョコレートの包み紙を剥ぎながら、サヴィエが言う。結構見たところは私よりも年上なのに、可愛らしい味覚なのか、私に合わせてくれているのか、甘いものをぽんぽんと出してくれる。飴とかも出てきた。こういう魔法は初めて見た。
「どうしたの? もちろん、毒はないから」
クッキーを手に取る。包装の透明な袋に書いてあるものが読めないので何となく食べづらさはある。
「話していることはわかるけど、書いている文字が分からないです」
「ああ、そうだね。君の国とは文字体系が違うから。でもすぐ分かるようになる。ここの物を食べたらいい」
「……外部から来た人がするのと同じ感じか」
呟いて、私はクッキーを食べてみることにした。ほろりと崩れておいしい。木の実が入ってる。一枚食べ終わると、袋に書いてある文字が読めるようになった。
「『ヒジャの実クッキー』…ヒジャって何?」
「あ、読めるようになったね。ヒジャは君たちのところで言うアーモンドだ」
「へぇ……あ、さっきのカード見せて」
「これ? どうぞ」
乗車手形と言っていたキラキラのカード。

ベルクライゼン交通 乗車手形
サヴィエ・エリュアール・クォーツァ(一等)
電車・バス・飛行船 利用可能

「サヴィエ……」
「うん?」
このような字を書くのかと思って目の前の微笑んでいる人にカードを返す。
「もういいの?」
「名前が読めたから」
「そう」
「仕事は何をしているの」
「先生をしているよ。君と一緒だ」
「何を教えてるの」
「言葉と文学を教えてる。あと書き方かな」
「書き方? 本でも書くの?」
「俺は本も書いているから……ええと、これ」
懐から小さな巾着を取り出して、そこに手を突っ込んで、引き出せば本が出てきた。空間をゆがめる魔法道具かな。
「読みたければ屋敷に沢山ある」
著者名はさっき見た名前とおなじ。製本もきっちりしている。
「すご……小説家で先生」
「……照れるね」
「私もものづくりが好きなので、産みの苦しみはわかります。成功するのも難しいのしってます」
本を片付けたサヴィエは微笑んでから「君もすごいよ」という。
「私は何もすごくない」
呟いて返すとぽーーーという音がまたした。
「着いたね。外は寒いから私の傍においで」

列車をおりると、駅には雪が積もっていた。
「さっきの場所より北だからね、さむいよ」
大きなマントを取り出して、私諸共包む。
「わぶ」
「あはは、ごめん。顔が隠れてしまうな。……抱っこしよう」
私の承諾なしに姫抱きにすると、いつの間にやら風景が変わっていた。駅のあった町の風景だったはずが、いまは林の中、と言えばいいのだろうか。かつて在籍したラナクス学園を思い出す白い雪と濃い緑の光景。
「寒くない?」
「大丈夫」
暖かいマントとサヴィエの熱がある。
「もうすぐだよ」
林の中を進んでいくと、ぼんやり大きな建物の影が見えてきた。御屋敷。確かに。御屋敷だ。

「さあ着いた」
「ここがおうち?」
「そう。俺と君の家だよ」
ニッコリと笑って、ドアをこつんと杖で叩いた。
ギイィと音を立てて分厚い木の扉が開く。
「あ!旦那様、ようやくお帰りになりましたね!!」
ふわふわの耳とふわふわのしっぽを生やした燕尾服のひと?がいた。執事とかだろうか。
「うん、ただいま。ギュスターヴ」
「全く。奥様を迎えに行くにしてもおのれの身一つで行かれる方がありますか? 車も無しに」
ギュスターヴと呼ばれた従者は、ため息をついて扉を閉め、サヴィエからマントとコートを預かる。私はそっと降ろされて、サヴィエに引っ付くように立った。よく分からない場所に来たので不安ではある。
「急いでたからな。……アンジュの服を用意してあげて、これでは寒いだろうから」
「かしこまりました。暖炉で暖まってお待ちください」
ギュスターヴは私にお辞儀をして、どこか別の部屋へ向かった。
「こっちだよ。おいで」
私の肩を抱いて、サヴィエは屋敷の廊下を進んでいく。
きらきらと輝いているランプはエメラルド製のよう。

暖炉のあるリビングらしき部屋には、ダークブラウンで落ち着いた印象の家具が揃えられていて、趣味が良い。
「すてきなおうち」
「気に入ってくれてよかった。アンジュが好きなものがあればそれを用意するから、いつでも言って」
暖炉の中ではぱちぱちと火が揺れている。

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